毒人参のジュース【短編】1
- カテゴリ:自作小説
- 2016/08/27 01:29:50
分かってましたよ、それくらい。
最初から、誰も幸せになんてなれないことくらい。
でも、望むくらい良いじゃないですか。
……いけませんか、幸せになりたいと願うのは。
*
夢を見ていたような気がする。
遠い昔の、まだ何も知らなかった頃の夢。
あの頃は幸せだった。何も知らなくて、何も考えなくて良くて。
気付けば図体ばかりが大きくなって、見下ろす世界が少しだけ、遠くなった。
「…………お兄様?」
俯いていた顔を上げ、か細い声の方角を見た。
いつの間にか、眠りこけていたらしい。
重い身体を持ち上げては、座り直した椅子に深く飲み込まれるようにして、男は煙管に手を伸ばした。
情けなく眉を下げる妹の姿を目にしていたくなくて、兄は燻る煙を吸っては吐き出す。
たちまち部屋に充満する甘ったるい匂いが、肺を焦がした。
「…………もう帰って良いですよ」
気だるげに答える兄は突き放すように頬杖を突きながら、ぼんやりと窓の外を眺めている。
*
「そんなんだから、お前は甘ちゃんなんだよ」
余計なお世話だ。
そんなんだから話し相手が居ないんだと、言葉にはならなかった。
「良いけどよ、お前、そのあとはどうすんだよ」
「貴方には関係ありません」
横暴な元牛魔王は、言った。
翻り残される甘い煙の匂いに顔をしかめる九尾狐は、何も言わずに筆を滑らせた。
*
低く垂れ込める雨雲に、少しだけ気が滅入る。
何度叩きのめしても向かってくる弟に、無表情で棍を構える。
振り下ろされた如意棒を半身で躱し、鳩尾に突き出した棍が無慈悲に急所をひと打ちにした。
呻きながら崩れ落ちる弟を、兄は冷めた瞳で見つめている。
「何度教えれば覚えるんですか、貴方は」
「うるさいっスよ、糞兄貴」
薄く笑う弟の顔を、兄は黙って見返している。
*
「ねえ雲、囲碁でもしましょうか」
パチリと打たれる黒い碁石。
妹は、駆け寄ってきて向かいの席に腰を下ろした。
言葉も交わさず、ただ並べられる碁石たちが、気の毒に思えた。
やがて、盤上を埋め尽くす白、嗚呼、いつの間に、こんなに追いやられたのだろう。
兄は肩を落として、深く俯く。
「…………強く、なりましたね」
*
「貴方も、早く、強くなりなさい、天威」
棍を放り捨て、兄は言う。
傷だらけで這いつくばる弟に、差し伸べる手は無い。
「………………強くなったと、言わせて下さい」
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オリジナル創作企画⇒七天大聖の子
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