マッチ売りの少女、アリエス・グラナンド
- カテゴリ:自作小説
- 2016/09/27 21:40:22
マッチ売りの少女 アリエス・グラナンド
リルル・ガランド著
「おい、酒が無いぞ」と、父ヴァリス・グラナンドは空の酒瓶を振る。その背中を見るのはこれで何度目?そんな事をワタシはふと考える。「酒が無いって言っているだろうが!」父の怒声。「うん、じゃあ貰ってくる」と、ワタシは答える。父も座ったまま。
ワタシも座ったまま。寒い。
今日は12月24日。遠いどこかの国では大晦日なんて呼ばれている日。
ここではクリスマスイブ。
でもワタシの家では何もおめでたく無い。
母は死んでいない。父もワタシも・・・たぶん、もうすぐ死ぬ。貰ってくるとは答えたものの、いつものお店で余っている可能性なんて無い。この部屋にはもう食べ物も無い。
何も無い。ただ死が待っているだけ。
「おい!アリエス!」と、父が催促をしてきた。すごく久しぶりに父の顔を見た気がする。
茶色の髭を生やしていてよく伸びている。
それでいて目元はくぼんでいて怒っているのに覇気は感じられない。
「今から出かけるわ」と、ワタシは立ち上がった。父と同じ髪色で無い事はワタシにとって救いなのだろうか。それとも不幸?
ワタシはまたその考えを手放してから薄汚れたマンションの扉を蹴り飛ばして開けた。
ワタシの髪の色は母譲りの金髪で目の色は青色。どこにでもいる少女。それがワタシ。
ワタシは8歳と5か月。それがワタシの生きた時間。今日消えるかもしれない命の時間。
マンションの階段を降りる。その行為を誰かに見ていてほしかった。それを今日ほど強く感じた事はおそらく無い。
母の事を思い出す。靴をくれた母を。
母はよく働いていた。ワタシのために歯と髪を売って靴を買ってくれた。母のお給料は父の飲み代に消えていたから。
そんな母は仕事場に行く朝、ベッドの中で死んでいた。母を埋めた墓地にはまだ行っていない。墓地とすら呼べない。墓石が買えないワタシと父には小さな苔のついた石を置く事しかできなかったのだから。
いつの間にかいつものお店の前に来ていた。
Barの名前はThousand(サウザンド)。ワタシのいつも通っているお店。
そう、8歳のワタシにしては一番大人を感じる空間。その店の裏口にワタシは今、立っている。いつもの調子で茶色の扉を2回、それから3回叩いた。
父と同じ髭面のマスターが出て来た。マスターの髪の色は金色。髭もそう。
この人が本当の父親だったらと思った事は何度かあった。そんな儚い夢は叶わない。
「おお、アリエスじゃないか。またお酒の催促かな…渡してやりたいのは山々なんだが、今日はこのマッチしか渡す事はできないんだ。今度来た時にはいいお酒も用意しておくからな」と、マスターは微笑んでくれた。