Nicotto Town


ハトははのニコタ日記


炎上トオル

ニャンちゅ~

もらったステキコーデ♪:23

瀬戸内寂聴「殺したがるばか」発言の何が問題なのか?“被害者感情“を錦の御旗にした死刑・厳罰化要求の危うさ - トピックス|Infoseekニュース

http://news.infoseek.co.jp/article/litera_5086/

リテラ / 2016年10月10日 13時0分

作家の瀬戸内寂聴の発言が大きな批判を浴びている。
6日、日本弁護士連合会(日弁連)が福井市内で開催した死刑制度存廃をめぐるシンポジウムにビデオメッセージを寄せ、
死刑制度を批判したうえで、このように述べたためだ。

「人間が人間の罪を決めることは難しい。日本が(死刑制度を)まだ続けていることは恥ずかしい」
「人間が人間を殺すことは一番野蛮なこと。みなさん頑張って『殺さない』ってことを大きな声で唱えてください。そして、殺したがるばかどもと戦ってください」

この「殺したがるばかども」発言について、
会場にいた全国犯罪被害者の会(あすの会)のメンバーや犯罪被害者支援に取り組む弁護士らが
「被害者の気持ちを踏みにじる言葉だ」と反発。
これを受け、日弁連も翌日の人権擁護大会のなかで「犯罪被害者への配慮がなかったことは、おわび申し上げる」と謝罪することになった。
そして、ネットでは、寂聴に対するこんな非難、悪罵が連ねられている。

〈もし自分が被害者や被害者の家族や関係者だったら同じことを言えるのかね?〉
〈殺したがるばかどもは加害者の方じゃボケ左翼老人め。お前こそ、はよう死ね〉
〈加害者の人権は尊重するが被害者とその家族の人権は平気で踏み躙る。反日気狂い左翼の死に損ない〉

しかし、寂聴の発言は、本当にここまで糾弾され、日弁連が謝罪しなければならないようなことなのだろうか。

そもそも、寂聴は被害者遺族を「ばか」よばわりしたしたわけではなく、
死刑制度を維持しようとする政府や権力を批判したにすぎない。
そして、寂聴の「人間が人間を殺すことは一番野蛮」「日本が(死刑制度を)まだ続けていることは恥ずかしい」という死刑制度批判は、
表現が情緒的ではあるが、本質をついている。

なぜなら、死刑は誰がどう見ても「国家による殺人」であり、
民主主義国家の理念とは相容れない制度だからだ。

事実、世界を見渡しても、多くの国で死刑制度は廃止されている。
国際NGOアムネスティによれば、
2015年末時点で、全犯罪に対して死刑を廃止した国は102カ国、
執行を停止した事実上の死刑撤廃国も含めれば140カ国にのぼる。
これは国連加盟国の3分の2を超えるものだ。


全文載せると5000文字近くになるので略~

日本の常識は世界の非常識・・というところがたくさんあると思います。

その反対も。

この問題は世界に足並みそろえる必要はないでしょう。

最近の日本は犯罪に対して厳罰化が進むばかりというけど、

もともとの法律が犯罪者に対して甘過ぎるんじゃないかと思う。

なのに判決が求刑どおりになることはほとんどないと聞きます。

初犯で、殺したのが一人では死刑にはならないと暗黙の決まりがあるとか。

だから、

死刑判決が出るということは、「余程非道い」犯罪だったということなのよね。

死刑を国家による殺人とか言う前に、

その死刑囚の犯した罪をまず見てもらいたい。

どうして殊更犯罪者を救いたがるのか不思議。

身内だからなのか・・?

 




カテゴリ

>>カテゴリ一覧を開く

月別アーカイブ

2024

2023

2022

2021

2020

2019

2018

2017

2016

2015

2014

2013

2012

2011

2010


Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.