ゴタぴょんの過去の日記2010年8月27日Ⅴ
- カテゴリ:日記
- 2017/02/05 07:15:10
Ⅳからのつづき
【祇王寺にて】
「 This is a hermitage built
as nunnery in the Heian era.
A famous tale called
"The Tale of the Heike"
depicts a shirabyoshi dancing girl
who built this hermitage.
Kiyomori , grand minister
and top general governor,
once loved a shirabhyoshi dancing girl
whose name was Gio. But , Gio aged 21,
was soon abandaned
when a younger shirabyosi dancer
called Hotoke-gozen appeared.
Feeling vanity in life, Gio retired from
the world to be a nun,
And built this nunnery.
Her mother, Toji, and her sister,Gijo,19,also
followed her to be Buddhist nun.
Later, Hotoke-gozen visited this house asking
if she could be a nun as well because
she ,too,felt the vanity in life.
She said next might
be her turn to be discarded.
Then they altogether led hermit life
here practicing the Buddhist way. 」
(これは、平安時代に、
尼僧院として、結ばれた庵です。
平家物語に、この庵を結んだ、
白拍子の女性のことが、描かれています。
平清盛が、祇王(21歳)という
白拍子を、愛顧しました。
しかし、仏御前という、より若い、
17歳の白拍子が、現れると、
祇王は、見捨てられます。
無常を感じた祇王は、尼僧となり、隠遁しました。
そして、ここに、庵を結び
同じく出家した、母の刀自と、
妹の祇女と、ともにひっそり暮らしました。
そこへ、仏御前が、訪ねてきます。
彼女自身も、無常を感じた、といいます。
自分も、やがて、同じ憂き目に、
会うかも知れない、そういうのです。
そして、ともに、仏門に入り、
尼僧になると、いいます。
そして、彼女たちは、
ここで、一緒に、御仏に仕えました。)
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【銀閣寺にて】
「なぜ、銀が、施されていないのですか?」
当然、そう聞かれます。応仁の乱が、あって、
財政、逼迫の折り、そのような、贅沢は、許されません。
簡単に、そう説明しています。
しかし、実際のところ、義政は、もとより、
そのような、気はなく、幽玄の境地を享受していたようです。
銀閣、という呼び方も、後の世に、
そう呼ばれるようになったとか。
さて、銀閣寺でも、ボロが、出てしまったこと。
それは、ちょうど、セミが、鳴いていたときのこと。
お客様。林の小道で、おもむろに、歩みを止めて、
「Look. There are sounds coming from above. 」
(ほら。何か聞こえるわ。)
ミーン ミーン・・
それは、ミンミンゼミの鳴き声でした。
ところが、そこは、無知で、無教養のゴタ。
ミンミンゼミを、英語で、言えない。
そこで、とりあえず、セミだ、と、言おうとしたのですが、
ああ、そう、言おうとしたのですが、
あいにく、「杉の木」と、混同していたようです。
「Oh, That's a cedar.」
«セミだ、と、言おうとしていた。»
(杉ですよ。)
「No, no it's a sound of an insect.」
(違うわよ。昆虫の声よ。)
このやりとりを、3回、繰り返した。
4度目に、ようやく、何か、おかしいことに、気がついた。
そうだ。セミは、cicada だ。
気がついたときには、もう、銀閣寺の出口、休憩所でした。
おなかの中で、ひっそり、歌いました。
「遅かったのかい~。」
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今、遅まきながら、和英に当たっています。
ミンミンゼミは、
「 a robust cicada 」
なのだそうです。
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タクシーは、銀閣寺に着いたときに、
乗り捨てていました。
銀閣寺から、法然院まで、歩きます。
暑いのに、なぜ歩いたか。それは、簡単。
タクシー乗り場まで、歩く距離で、
ほとんど、着いてしまうから。
「Let's walk running sweat on our face.」
«ユーモア表現につき、和訳不可»
(汗を、かきかき、歩きましょう。)
(汗は走る。我等は歩く。顔の上かな。)
と、言ったら、バカ受け。大笑いとなりました。
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【法然院にて】
山門の前に、
【くん辛酒肉、山門に入るを許さず】
と、あります。
No garlic , no alcoholic drink , no meat.
これを、説明しようと、思ったが、止めた。
最後の、肉、が、どうも、気になった。
肉つきのいい女性に、いうのは、不謹慎だ。
山門は、茅葺きです。
30年に、一度、吹き替えるのだそうです。
山門の説明をしていると、
ご夫婦は、写真を写し始めました。
「Do I make myself an obstacle to you ?」
(私、邪魔ですかね?)
といって、山門から、離れると、
「Thank you !」
の声が、反対方向から、しました。
見ると、別の、カップルが、
山門の内側から、撮影しています。
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門を入り、境内を進みます。
左右に、積み上げられた、砂の山。
「What are the sand monuments for ?」
(何なんですか、この砂の山は、?)
「They put there the sand mounts for purification.
originally, salt was put on both side of the path.
In the course of time, sands substituted for salt.」
(砂は、お清めのためです。
もともと、塩が、この両側の積み上げられていたのですが、
いつのまにか、塩の代わりに、砂を積むようになりました。)
本堂の、御内陣には、
季節の花が、撒き散らされているのです。
と、説明はしたものの、
午後4時現在、本堂は、入場終了となりました。
(遅かったのかい~) 腹は、歌いました。
ぶーぶー
Ⅵにつづく