雨は嫌い
- カテゴリ:自作小説
- 2017/02/25 18:35:30
「事実婚ってことば、久しぶりに聞いちゃった」
彼女が冷蔵庫から白ワインを取り出しながら言うから、僕は少しだけ微笑んだ。
「池田さんたちの世界じゃ、御法度らしいわよ。事実婚は、不道徳だって」
「じゃあ、僕たちはさしずめ、来世は地獄の窯の中、だろうね」
池田さんとは、彼女の勤める病院の看護師仲間、篤心なプロテスタント教徒、である。
今日の白ワインは、ドイツはラインヘッセン産の、マドンナ。その甘ったるいけどなぜか芯があって凛とした味わいに感心する僕に、彼女もかすかに笑いながら続ける。
「最近、あたしへの布教活動にご執心。こんなに度し難い人間に、ねえ」
「いや、度し難い人ほど、一度ハマるとコペルニクス的に転回するかもしれない。池田さんの顔を立てる意味でも、教会に行ってみたら?」
今夜のマドンナは、ちょいと意地が悪い。僕は、ついそんな事を言ってしまった。
「何言ってるの。あたしたちは、神にも仏にも、おすがりすることの赦されない人間、でしょ」
「ああ、そうだった」
テーブルから、一気に潮が引いてゆく。
かつての道ならぬ恋、逃避行、彼女が看護師の資格所持者であったがゆえの生活再建・・・
人には、語ってはならない類の話は存在する。
沈んだ場を引き上げるかのように、彼女は、両の腕を高く上げ、ぐるりと回す。
「ねえ、あたし、雨は嫌いなの。特に、思い出に宿る、どしゃぶりの雨が」
「そうだったね」
僕の、当たり前の了承。
彼女の、どこか無理のある、高らかな宣言。
「あなた!ちょうど春も来たところだから、明日の休みは、海を見に行きましょう」
「まだ僕たちは、春色の汽車に乗れるかな」
「あたりまえよ。恋する女と男なんだから」
彼女は、ワインボトルの残りを私のグラスに注ぎながら、あくまでも強気にそう言った。
了
道ならぬ恋に落ちた2人の秘密の逃避行先は春色の汽車で辿り着いた場所
恋仲の2人だけが微笑む姿が浮かんできました
松田聖子さんの歌だとそうでしたね
これは失礼しました