ソードアートオンラインという作品に触れて
- カテゴリ:日記
- 2017/03/19 15:44:13
ソードアートオンラインという作品を知っているだろうか。
今、劇場版が公開されていて・・・コンビニエンスストアに行けばアニメキャラのポスター、グッズなどに出会えるだろう。
小説が原作としてある。
VR(360度仮想現実機器)というモノがソニーから発売された。
その先駆けとしてバイオハザード7.
現実が小説に追いついた。
正直、35歳の時にこの小説を読んだときはまだ15年~20年は先だと思っていた。
それがわずか5年で・・・。
科学の発達には頭が下がる。
その小説の中でオンラインゲームにハマる人間の心の闇について触れている部分がある。
オンラインゲームにハマる人は・・・ある特徴がある。
ボクもそのうちの1人だからわかることだが。
理想の父親を求めている。
理想の母親を探している。
たぶん、反論はあるだろう。
オンラインゲームの中に父親がいるわけでは無い。
ましてや母親もいない。
だが・・・オンラインゲーム、スマホアプリゲーム・・・
ちゃんとそれらを理解して作られている。
父親を言葉にすると「切り捨てる。取捨選択する」という言葉になる。
父性という言葉と母性という言葉をググって見ればわかるかもしれない。
母親は「包容」という言葉になる。
キャラクターの育成は何百というキャラの中から取捨選択して選び、育て、ゲームの中の勝利と負けを体験する。
そのプロセスそのものが父親なのだ。
どういうわけか、自分を表現してこなかった人は自分の中の父親が育っていない。
取捨選択する事は大切なのだ。
次に包容力・・・無条件にほぼゲームのキャラクターはプレイヤーであるあなたを褒めていってくれる。
誰もが課金してでもゲームの中の地位と名誉を手にする、その裏に、そういう心理学の仕組みが組み込まれている。
ほんとよく考えられている。
ボクはどっぷりハマっている。
そう、自覚している。
ゲームをやり続けるだけで1時間という貴重な時間が過ぎてしまうのだから。
ちなみにボクは父性を求めている。
どうせ、囚われてしまっているなら・・・ゲームのプレイそのものを魂の成長へつなげてみよう・・・
そう思った。
ソードアートオンライン、ファントムバレット(5巻と6巻の事)の中に
「今感じている世界が仮想現実だろうが、どこだろうが、今ここで感じている世界が私の現実・・・」というような台詞がある。記憶からの抜粋なので全く違う台詞の可能性もあるのでご容赦願いたい。
ボクもその意見に賛成だ。
あい