Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(117)

 声をかけて国王を抱え起こす。まだ、若干顔色が悪い。そのまま座る姿勢を取らせる。
 クリスが彼の周りを包んでいる空気の層を含む「場」を作る。
 「クリス、後は引き継ぐから、「場」を解いても良いよ」
 クリスが恐る恐る「手を引く」のが解ったので、慎重に国王を立たせる。
 「立った姿勢くらいは、自分で維持できるが?」
 「そうしていただけるなら助かります。…立ちくらみ、とか、視野狭窄、は起きていませんか?」
 「…ああ、大丈夫だ」
 「ええと…ところで、このカウチは…」
 「必要ならば、後で取りに来させるだろう。このままにしておいていい。窓だけは、閉めておかないとな」
 クレメンス大公の部屋を戸締りし、国王の指示に従って廊下を進む。この区画の一番奥が、国王夫妻の居間で、その向こうが寝室になっているはずだ、が。
 「…ああ、その部屋でよい」
 廊下を一つ曲がってすぐのドアを指さす。
 指示された部屋は、広さはさっき出てきたクレメンス大公の部屋とほぼ同じに見えるが、それよりもはるかに人の気配が濃い。というか、はっきり言って、散らかっている。そしてここにもアルコールの残滓が。
 「奥の方に寝室があるようですが…そこの簡易寝台でよろしいでしょうか?…さしあたりは」
 「ああ。…すまんな」
 国王を簡易寝台に座らせている間に、クリスが暖炉の火を掻き立てる。
 「簡易寝台の割には、ずいぶんと使い込まれていますね」
 「ここに置かれて、かれこれ二十年以上になるからな。部屋を明け渡す機会がなかったので、そのままになってる」
 「明け渡す…機会…」
 クリスがぽつりとつぶやく。
 「そういえば、マルグレーテ妃も言ってました。ここは空家のような物なのよ、って…そういう事、なんですね」
 「今や、ゲオルギア家自体が、崩壊寸前だ。…まあ、手を拱いていたのだから、仕方のない事ではあるのだがな」
 そこで言葉を切り、俺たち二人の顔を見比べる。
 「…まったく…仕方ない事ではあるが、な」
 「陛下。……おっしゃりたい事は、理解しているつもりです。頭では」
 クリスの声が硬い。
 「でも、私は王族として育っていないので、他の方々のようには…できません」
 国王が無言でこちらに目を向ける。
 「…もし、ご命令というのでしたら、従わない事もありませんが…」
 クリスの表情がこわばり、半歩後退る。
 「…言っただけで、あれです」
 「…やれやれ。勘違いであったのかな?」
 …半年以上経っているんだけどな、あれから。「宮廷魔術師」とやらをやっている、とかいう、奴の父親が目の前にいたら…どうしてくれよう。
 「…ぃました」
 クリスが低い声で唸る。
 「…それほどまでにおっしゃるのであれば。…アレクがそれでいい、というなら」
 「…クリス?」
 「頃合いも悪くないし、陛下の望むとおりに致しますわ。…それでよろしいのですね?」
 クリスがいきなり俺の腕を掴む。
 「…ちょっと、クリス。いったい何を…」
 「陛下。奥の部屋をお借りします。…アレク、来て」
 「あの、だから、クリス、落ち着いて」
 ぐいぐいと俺の手を引っ張るクリスを押しとどめる。
 「取り乱しているように見えて?落ち着いてますとも」
 落ち着いているようには見えないから、そう言ってるんだが。…取り乱す、というよりは、逆上、か。
 …仕方がない。
 クリスとの距離を詰めて、慎重に足払いをかける。
 転んだクリスの横にかがみこんで、上から覗き込むと、クリスの目に怯えの色が見える。…まあ、この場合は仕方ないか。
 「……逆上のあまり、しなきゃならない事を忘れているでしょう?」
 「…しなきゃ…ならない…事?」
 怪訝そうに言うクリスを抱え起こす。
 「陛下を説き伏せる、とか、おばあさまに連絡を取る、とか…セシリアが言うところの「お仕事」とか」
 「……ああ、そっか…今日明日が山場、だったっけ」
 俺に抱えられたまま立ち上がったクリスが、ドレスをはたく。
 「手荒な事をしてすみません。手加減はしたつもりですが…どこかぶつけたりは?」
 「ん…床がこれだし、大丈夫」
 「何だ?奥の部屋は使わなくていいのか?場所ならいつでも提供するぞ。空き部屋は沢山あるのだし」
 揶揄するようにそう言う父親に向けて、クリスが言い放つ。
 「…体調の悪い方は、おとなしく休んでいてくださいな。…それとも、強制的に休息を取らせて差し上げましょうか?」
 「なんだか知らんが、恐ろしそうなので遠慮願いたいな。ところで、それは誰から教わった手段か、聞いても良いか?」
 「内緒です」
 「…休息を取った方がいいのは、クリスも、でしょう?」
 つくづくこの親子の中身は、そっくりだと思う。
 「…ああ、そうだったな。そなたにまで倒れられては、かなわんからな。…すまんが、あとはよろしく」
 そう言うが早いか、服がしわになるのも構わず横になって毛布を被る。

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