闕けたる月
- カテゴリ:自作小説
- 2017/05/29 13:29:52
月神は深い溜息をついた。
若い巫女の心ない言葉が、月神をずたずたに切りさいなんでいたのだった。
どうしてあなたは姉神さまのように暖かくないのですか?
なぜそんなに冷たいの?
眸がじんわりと滲んでくる。
何故、私は愛する者を満足させる事ができないのだろう。
巫女たちは私の心がわかるという。
けれども、私は巫女たちの心がわからない。
ああ、姉上、どうして私はあなたのように、大地を温め、生き物をはぐくむ事ができないのでしょう。
私には大きく闕けたところがあるのだ。
人の心を汲み取る事ができないのはそのせいなのだ。
だから私の光は冷たい。
天をあまねく照らす事ができても、いったい誰が私の光に感謝してくれるだろう。
私の光は何も育てないのだから、ありがたがる者がいないのはあたりまえなのだ……。
しばらく前、月神の社(やしろ)に若い巫女があげられた。
若い巫女は熱誠にあふれ、月神に仕えることまことに熱心だった。
月神は嬉しくなり、それはそれは巫女を可愛がっていたつもりだった。
けれどもその気持ちは次第に当惑へと変わっていった。
「私のことを一番に思ってくれる?」
月神は首を傾げる。
社にいる巫女は、若い巫女ひとりではない。
頭だった巫女がいる事は、若い巫女もわかっているはず。
ただひとりだけを愛でる事などできないのに。
「こんなにあなたの事を崇めている私だもの。可愛がってね」
可愛がっているではないか。
けれども、だめだった。
月神の態度が曖昧だったために、若い巫女は幾夜も枕を涙に濡らして眠る。
そのことが、月神にはつらくてたまらない。
だからといって、若い巫女を一番可愛がるなどと、おろそかに言える事ではなく、できる事でもない。
そしてついに、若い巫女は激しい言葉を投げつけ始めた。
「そんな光でしか照らせないなら、いつも雲に隠れていたら! 冷たい光など何の役にも立たないじゃないの!」
月神は退いた。
いきなりそんな言葉を投げつけられるいわれなどない。
なぜ、おまえはそんな言葉を吐くのだ?
泣きじゃくりながら巫女は叫ぶ。
「私はこんなに、こんなに、あなたのことを崇め奉っているのに、あなたの光は姉神さまには及ばないのね。どうして?」
どうして?
月神は応える言葉を持っていない。
若い巫女がひどい言葉を投げつけるたびに、月神の光は次第に、次第に、薄れていく。
ついに月の鏡は真っ暗に曇ってしまい、一筋の光も投げかけなくなってしまった。
大勢の者が、暗い夜を嘆いた。
ああ、月神よ、月神よ。
どうして光を投げかけてくれないのです?
あなたの光がなければ、陽が暮れた後に道筋を辿ろうとしても辿れない。
危険な森や野原に迷いこんでしまいます。
社に集う巫女たちは、不安げに月神を見守った。
月神の光が戻るように、皆で祈り、静かな舞を舞った。
かの若い巫女は、ひとり離れて、嘆き悲しんでいた。
ひどく傷つき、苦しんでいる。
けれども月神にはなす術がない。
月神は泣き濡れながら、姉神のもとを訪れた。
ああ、姉神よ、陽の神よ。
なぜ、私の光はあなたのようではないのだろう。
私の光を喜ぶ者など、誰もいない。
姉神はかぶりを振った。
弟よ、それはあなたの心得違い。
考えてもごらんなさい。
もしもあなたの光が私の光と同じようであったなら、生き物は少しも休めなくなってしまう。
大地は熱され続けて干上がり、生き物は皆、苦しみ悶える事になる。
いつかは天地(あめつち)全てが燃え上がってしまうでしょう。
月神はまだ得心しきれてはいなかったけれど、ようやく暗黒の帳(とばり)を開いた。
一筋の光が若い巫女を照らす。
ただ一筋であったし、相も変わらぬ冷たい光であったけれども、それは優しく巫女を照らした。
若い巫女は弱々しく顔をあげた。
月神は言葉を発することなく、ただ、若い巫女を照らす。
やがて、若い巫女の振る神鈴が、しゃんしゃんと響き始めた。
静かな舞が月神を讃える。
社の巫女がひとりひとり、舞に加わっていくたびに、光は青く輝いた。
冷たく青い光は、大地を鎮め、夜道を辿らねばならない人の行く手を銀色に照らし出す。
月よ、月神よ、夜天をあまねく照らす神よ。
若い巫女がそっとつぶやく。
「月神よ、あなたの光はそのままでいい。陽の神のように強くはないけど、私はこの光を愛しているの」
気ふさぎの虫の月神にぜひぜひ教えてあげて下さい。
気持ちを汲み取ることってほんとうに難しいですよねー。
だからこそ思いやりが生まれて、人がつながりあえるのかもしれません。
と嘆く、月神さんに、巫女さんや姉神様が特別な存在であること。
人同士は、人の数だけ思いがあるので、
お互い思いをくみ取ることは難しく、汲み取りたいという気持ちゆえに、
つながることができる・・ということを、伝えたくなりますね(^^)
光害、などという言葉もありますもんね。
夜空が明るくなってしまって、星がよく見えません。
子供の頃、海辺で本当に明るい月に出逢った事がありました。
青く輝いていて、親父が「新聞読めそうだな」と言っていました。
満月の明かりってこんな凄いんだ、と思った一夜でした。
月の光るの明るさはまるで違うけれど
夜の闇の中での月明かりの明るさは、思いの外の明るいと思います。
今、本当の暗闇というものは無くなっていると思いますけれど…
電気などの無かったころには月明かりくらい、夜に必要なものは無かったのではないでしょうか?
外部サイトですが、以下の小説サイトでも公開しています。
カクヨム https://t.co/LkXKco88qi