らてぃあさんの日記 | ニコッとタウン

らてぃあ

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自作小説倶楽部6月投稿

カテゴリ：自作小説
2017/06/30 23:15:24

『手紙』

拝啓　城崎由梨乃様
お久しぶりです。お元気ですか。
ああ、いけない。差出人の名前を見ても私が誰だかわかりませんよね。R高等学校でほんの少しの間、貴女のピアノを聞いて言葉を交わした下級生です。あの頃、貴女への憧憬で胸がいっぱいでちゃんと自己紹介をした記憶すら無いのです。いまでは不甲斐ないかつての自分を思い出す度に恥ずかしさと腹立たしさで叫び出したい衝動に襲われます。
根暗な下級生が今頃なんの用だと思いますよね。手紙を放り出さないでください。
愚痴などやめて本題に入りましょう。
同封していた写真は見ていただけましたか？
貴女が捨てたものを私が拾ったのです。まったく偶然ですよ。いつもそんなことをしていたわけではありません。ただの万年筆だと思っていました。思い出の品として大切に仕舞い込んでいたんです。
貴女を責めるつもりはありません。
悪いのはMです。イニシャルでも誰のことかわかりますよね。
Mは臨時とはいえ教師なのに道徳心の欠如した男でした。
私は何となくMの視線が怖かったし、私のような醜い少女は相手にもされなかったのですが、Mは過去に大きなピアノのコンクールで受賞した経歴もあり、皆の前で披露して以来、ピアノを弾く姿にあこがれる人たちも多かった。振り返ってみればどうしてあんな男に恋焦がれていたのか不思議に思う人も多いでしょう。しかし恋愛も人生の経験も少ない少女たちは幻惑されたのです。
不快に思ったら、ごめんなさい。貴女とMの間にも恋愛関係があったのか、私にもはっきりと確信は無いのです。
事件が起こった翌日に自ら、Mと婚約していたことや恋愛関係にあったことを告白してしまったY先輩やJ子はもちろん警察の取り調べの対象になりました。誰も貴女には注目しませんでしたね。
しかし、貴女しか犯人はありえません。
ほかの教室に残っていた生徒もいなかったし、先に帰っていいと言われたにもかかわらず私は胸騒ぎから貴女を待って、校門を出るまで見送ったのです。万年筆を側溝の隙間にわざと落としたのを見ていました。
ジグソーパズルをやっていると一つのピースを当てはめた途端。全体の絵が見えて来るようなことがありますよね。ベッドの上で暇を持て余しているうちに、私はピースを見つけてしまったのです。
Mはその日も放課後に私たちを音楽室から追い出すとピアノの前に座りました。
作曲をしているのだと、噂で聞きましたが、時々鳴らすピアノの音は単調で軽いものでした。1年ほどの習慣でしたが曲が出来上がる気配もありませんでしたね。キャップを咥えて五線紙に万年筆を走らせる。ファンの子たちはうっとりしていましたがただのポーズで、学校に居残ってY先輩かＪ子と待ち合わせる時間まで暇つぶしをしていたように思います。
あの日、貴女は私と一緒に音楽室を後にしましたが、「忘れ物をした」と言って引き返されました。
あの時ですね。貴女は自分が持っていた毒が仕込まれた万年筆のキャップとＭの私物のキャップをすり替えたのです。Ｍはピアノの前から離れる時にピアノの上によく万年筆を放り出していたから簡単です。
貴女が立ち去り、ピアノの前に戻ったＭはその万年筆のキャップの色が少し違っていることなど気が付かず、Ｍは口に咥えて作曲活動を始めたのです。すぐに毒が効く必要はありませんでした。
アリバイのためだけでなく、じわじわと毒が回ってもすぐに毒を盛られたなんて誰も考えなかったでしょう。
貴女を脅迫するつもりはありません。
こんな昔の話を持ち出したのは、私のことを思い出して欲しかったからです。あの男の存在で貴女には苦しい過去でしょう。でも、そんな中、貴女は病弱な私に希望をくれたのです。
私は病気が悪くなり、手術のためやっと渡米が決まりました。来月の20日に出発です。
その前に、一度でいいので私に会いに来て欲しいのです。
貴女が私の死を望もうと、万年筆はお渡ししますから、どうか会いに来てください。