Nicotto Town



             城その1

            (蝉時雨)

    慶長5年7月11日(西洋暦1600年8月19日)
 
 烈しい陽射しが、この城の瓦や、城壁、その他あらゆる物を灼き続け
 酷暑の静寂の中で、蝉時雨だけが、辺り一面に鳴り響いている。

 「亡き太閤殿下の御遺言を蔑ろにし、秀頼様より天下の権を、奪い取らんと目論む
  内府(内大臣・徳川 家康)は断じて許せぬ。」

 この天守からの眺めを、ぼんやりと眺めていた、この佐和山城の城主
 石田冶部少輔 三成は、そう言って振り返った。

 「この度の事は、ひとえに秀頼様の行く末を案じるが故の事じゃ。
 ・・・わしはこの事の他 には何の存念も持ってはおらぬ。
 ・・・何卒その事だけは、わかってくれ。」

 「・・・。」

 三成と向かい合っている男は、しばらくの間、考え込んでいたが、やがて口を
 開いた。

 「三成、・・・全ては時勢と言うものじゃ・・・。」

 一昨年前、太閤殿下が、伏見で薨去した時から 時世の勢いを得て、
 自らも周到な手立てを講じて、積み上げて来た、今の家康の威勢は
 もはや揺らぐ事はあるまいと思われる。

 「今の内府には時の勢いがある。昨今は多くの諸大名がこぞって
 その勢いに靡こうと腐心しておる有様じゃ。」

 「はっきり言おう、三成・・・今、起つのは、よせ。」

 「それは出来ぬ。・・・既に会津方との、約定がある。」

 「・・・。」

 二人は暫くの間、黙って向かい合っていた。

 やがて、三成が天守の外に広がる真夏の青空の方に視線を移し
 その鮮やか過ぎる程の青さをした空のまぶしさに目を細めた。

 「小身の家に生まれた、このわしが、今の、この身に
 そぐわぬ程の身上にあるのは、亡き殿下に見出され
 殿下のお引き立てを受ける事が出来たからこそじゃ。
 ・・・今、立たねばわしはあの世で太閤様に会わせる
 顔がない。」

 「・・・。」

 三成と向かい合っている、大谷刑部少輔吉継は
 天井を仰ぎそのまま、黙り込んだ。

 病の為に崩れた顔を、覆い隠している白布から
 覗いている目は既に視力を失っている。

 熱気を帯びた、闇の虚空の中で、蝉時雨だけが
 鳴り響いていた。

           ・・・

                 城その2

              (落城の秋(とき))


見上げれば、やや西に傾きかけた日は相変わらず穏やかな日差しを降り注ぎ
澄み切った青さの空がはるかに高い所に広がっている。

そこから視線を落とすと、先程三の丸から挙がった火の手から立ち昇る煙が
みるみる勢いを増して北の方角にたなびいて行くのが見え、その辺りからは
一際激しく、武者達の雄叫びや鉄砲を放つ轟音が鳴り響いて来る。

この天上と地上との対比に、目の前の松永久秀の篭る信貴山城攻め
4万の軍勢に加わっている羽柴筑前守秀吉は、ある種の可笑し味と言い様の無い
ものの哀れと言った様な感情を抱いた。

彼は逆さ瓢箪の馬標の下で、泰然と床几に腰を降ろしていたが、内心は
今すぐにでも甲冑も具足も脱ぎ捨てて駆け出したい気分だった。

たまらなく女の肌が恋しかった。

三の丸から火の手が挙がったのは、われ等に内応して来た森好久に
予め引き入れさせた者共が火を放たせたのであろう。

朝からの総がかりで、この信貴山城にも落城の秋(とき)が迫っている。

大殿(信長)が御上洛の時、九十九髪茄子(つくもなす・名茶器)を差し出して
降って来た松永弾正忠久秀が、背いたのは、この度で2度目の事である。

驚いた事に、大殿はこの度も「平蜘蛛茶釜を差し出せば、助命する。」
と仰せられたと言うが久秀が拒んだと聞く。

( 公方(足利義輝)を弑逆奉り、東大寺を焼き払った、弾正めも、もはやこれまででや。)

 秀吉は思った。

やがて日が西に大きく傾き始めた頃、大轟音が鳴り響き、天守の窓や
壁の割れ目から炎と黒鉛が吹き上がった。

天正5年(1577)10月10日、松永久秀は名器、平蜘蛛茶釜に爆薬を詰めて
点火し自害、信貴山城は落城した。

久秀が三好三人衆が篭る東大寺に攻め入って、大仏殿等を消失させた
永禄10年10月10日から丁度、10年後の同じ日だった。

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2017/09/03 20:08
お城のお話ふたつ♪
去年の大河「真田丸」のキャストで脳内再生されましたw
お茶碗渡すまじ。松永くんの意地。
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2017/09/02 19:45
個々にやぶさかではなかったけれど
一つに絞ったほうがよかった気もしました
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2017/08/31 06:12
平蜘蛛の茶釜
いったいどんな形をしていたのでしょうね
今となっては想像の域にあるのみです
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2017/08/30 22:05
最近、時代小説にはまってますが、高田郁のような女っぽいものばかりでした。
こういう、男っぽいのも読んでみたいなぁと思いました(^-^)
茶釜爆弾、威力ありそうですね……
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2017/08/28 23:26
勉強不足でごめんなさい
よく分からないです;;
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2017/08/28 03:53
そういえば、今日か『関ケ原』が公開でしたね
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2017/08/27 17:18
2作とも以前千文字作文としてアップしたのをサークルテーマ用に再アップした



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