「契約の龍」(119)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/09/28 22:03:18
「…何にせよ、お前も具合が悪いなら、横になっといた方がいい。明日はきついぞ。…今日はもう終いだったんだよな?」
「んーと…日没後に、一時間くらいあった、かな。そうでなくても、昨日休んじゃったから」
「休んだのは気にするな。たぶんそれも織り込み済みで「ペナルティ」なんてルールを作ってあるんだ。それまでだって、十個以上のスタンプ集めてた客は多かったぞ。昨日でさえ、枠外にいくつも捺してるし」
「…そうなんだ」
「だから、セシリアの今日の分の「お仕事」はお終いにしても構わないと思うが?」
「…うん…」
のろのろとセシリアが立ち上がる。
「…なんだ?どうしても「お仕事」に出たい理由でもあるのか?」
セシリアの動作が、一瞬止まる。
「…そういう訳じゃ、ない。せっかくのお仕事が、中途半端になっちゃうなあ、って思ったら、悔しくて。クリスちゃんなんて、あたしの何倍も働いてるのに」
それまでの怠そうな様子とはうってかわって早口だ。何かある。…でも、とりあえずは気付かなかった事にしておく。
「クリスは…あれは、普段やってる事の延長みたいなものだからなぁ」
「ふだんから、ああなの?」
「普段から、っていうか……セシリアに話しかけるときと、俺に話しかけるときとでは、言葉遣いが違うだろ?相手によって態度を変えてる、ってとこがね」
セシリアがこっちを見てにやっと笑う。
「いいじゃない。おにーちゃんに見せてるのは、素のまんまなんでしょ?特別扱いされてるってことで」
「…あれで特別扱いされてるって言われてもなぁ…こき使われてるようにしか思えないんだけど」
「あれぇ?おにーちゃんが進んでこき使われたがってるように見えるんだけど。それって、あたしの目の錯覚かなぁ?」
「言ってろ。……夕食までには時間もある事だし、しっかり休んで、体調を整えとくんだな」
セシリアの頭を軽くはたく。
…そろそろこういう子供扱いもできなくなってきた、のかなあ…
化粧を落として現れたクリスの顔色は、やはりあまりよくなかった。
セシリアがベッドにいるのを見て、様子を見たい、と言ったが、クリスの方がよほど具合が悪そうなので、押しとどめた。
「リンドブルムがひどくうろたえているぞ?「ハウス」って言って戻しても、すぐ出てきてしまうくらい」
「そう…か。ポチにも影響が出てるんだな。…あれはまだ、正式には母のものだから」 「正式には?」
「人形の方は、、母が「私のお守りに」って作ってくれた物だそうだけど、ポチを封じてある「コア」は、母の物で…まだ「書き替え」がしてないんだ。…つまり、契約者不在の状態、という事だ」
「ええと…?」
「ポチがまだそばにいてくれるのは、半分は人形に囚われているためで…残りの半分は…好意、とか、居心地がいいから、なんだろうな。…それに、ポチは、父の事も知ってるから…おそらくは、どういう感情を抱いていたか、も知ってるから…」
「…とにかく、クリスがそうやってぐるぐる考えてると、リンドブルムにも影響するんだな?…それって、距離は影響するのか?」
「…どうかな?」
「離れてみれば判るか。とりあえずは、補給、だな」
何とか言いくるめてクリスを連れ出す。
「せっかくきれいに化粧してたのに、どうしてスカートの方じゃないんだ?」
「…着るものが違えば、化粧の仕方も変わる。…それに、ちょっとあの「クリスティーナ」のままではいたくなかったし」
あの「クリスティーナ」?どこかに違いがあるのか?
「そういうものなのか?」
「…あと、目的にもよる、らしい。私なんかは、初心者もいいとこだから、その辺が解らないんだが」
「奥が深いんだな」
「そのようだ。………三日後を楽しみにしとくように」
それまで俯きがちだったクリスが、不意に、顔を上げて、人の悪そうな笑みを浮かべ、こちらを見上げる。
「三日後?」
「腕によりをかけて、目の覚めるような美女を出現させてあげるから」
「えーと……」
背筋に冷たい物を感じる。
「…それとも、自分でやりたいか?化粧」
…そういえば、そういうものがあったか。例の物を視界に入れないようにしていたせいで忘れていたが。
「…目の覚めるような美女、でなくていいから、……見苦しくない程度に、頼む」