Nicotto Town


nekoyama の つれづれ日記♪


惜別




彼女の美しい顔は、眠っている様だった。
昨晩ベッドで見た寝顔と同じ。

案内してくれた職員は、
御用があればお呼び下さいと言い残して、部屋を出ていってくれた。



白い頬に頬を寄せる。感じられるべき肌のぬくもりは無く、
わたしの頬から彼女の頬へ熱が流れ込むのをしばらく感じていた。

そっと唇を合わせる。いつもなら薄く開き答えてくれる反応は無く、
冷え冷えとした冷たい空間。歯さえもぬくもりが無く、

わたしの口から嗚咽が漏れ出し、彼女の胸にしがみついて、
止めどなく溢れる涙と震えが続く…


静かに背中に柔らかなコートが掛けられて、
気付くと泣きながら寝てしまっていたらしい。
髪を撫でる手の感覚に頭を起こす。

あら、ごめんなさい、起こしちゃったわね。


横を向くと、彼女の遠い未来を映した鏡の様によく似た顔が
目を細めてわたしの顔をのぞき込んでいた。

このまま寝てちゃ風邪引いちゃうわ。立てる?

立ち上がると、後ろに背の高い初老の男性が目礼をしてくれた。
彼女の両親だ。


さぁ、腰掛けて、

わたしに羽織らせたコートの前を閉じると、

わたしにもみせてね、


横たわる娘の顔の方を向いて、覗き込む。

こんなかわいい恋人を置いてゆくなんて、…ばかな子だわ、


年月の刻まれた指先が、冷たく柔らかな頬の線をなぞり、
耳元に顔を寄せて何事か話し掛けて、鼻の頭にちゅっと音を立てて
キスをするとこちらに向きなおった。

お父さんも、


男性は足音も立てず滑る様に、娘の横に立ち、
身をかがめると、静かに肩を抱き、頬を合わせて
耳元に静かに語りかけていた、

母親はわたしの前にしゃがみこんで、目線の高さを合わせると、
両手でわたしの頬を包む様に手を当て、

ごめんなさいね、こんなことになっちゃって、

いいえ、…いいえ

言葉を返すことも出来ず、涙が溢れて声が詰まってしまう。

あの子に寄り添ってくれてありがとう。

わたしの肩を抱いて、背中を優しく撫でながら、

故郷へ連れて帰ろうと思うの、あなたも一緒に来てくれる?




同僚の准教授に講義資料をまとめたものを預け、
大学の教務課に代講義の届けを出した。

彼女の身体は、同じ職場の知人たちとの簡素なお別れの場から、
冷蔵機能つきの霊柩車で故郷の家へ旅立って行った。

運転台の無い自律運転車は、
まるで、棺桶に車輪が付いて走っている様に見える。

休み無く3日間走り続けて、到着する距離だ。
彼女の御両親とわたしは、翌日飛行機で移動する。


研究室の教授に挨拶に行くと、封筒を渡された、

彼女の故郷へ行くんだね。
州立大学のヴァージニア教授に渡して欲しいんだ。お願い出来るかい。

ヴァージニア教授に会うと聞いて、
以前のわたしなら飛び上がって喜んだに違いない。
独立AI実装として、人に近い形のものを手掛けてきた第一人者だ。

わたしのもっとも敬愛してやまない女性だ。だが、今のわたしは、
そういう自身の生き甲斐とか、生きる術に関わる様なことでさえも、
心が動かない。

大切なパートナーを失ってしまったから。




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