Nicotto Town



自作小説倶楽部4月投稿

『菜の花畑の殺意』
 幼いころから病弱でしてね。病気の総合デパートなんて有り難くないあだ名を頂戴しましたよ。たまたまそういう体質に生まれてしまったんですよ。
 幸い両親は食うに困らない財産を残してくれました。どうせ長い人生じゃない。私の遠縁には没落してその日暮らしという人間もいます。だから私は幸運なほうだと思いますよ。
 子供のころはそれでも外を走り回れないことに欝々としていたこともあります。
 叔父の別荘に滞在した時のことが思い出されます。
 のどかな田舎の屋敷でね。私が居た部屋の窓からは世界が黄色く染まるような菜の花畑を見下ろすことができました。畑で遊ぶ地元の子供たちがうらやましかった。彼らは光の中で祝福されているというのに私は部屋に閉じこもって息も絶え絶え苦しんでいるんですから。
 その時の病気? 喘息、じゃないな。冬に風邪をこじらせて肺炎になりかかったのが原因です。叔父が都会の汚れた空気よりいいだろうと両親に勧めました。
 優しいメイドが僕の世話をして、よく部屋に草花を飾ってくれました。
 やっと春めいて来たころに喘息がひどくなって散々苦しめられたので、そっちが印象に残っているんですね。うまく息が出来なくてあえいでいるうちに肋骨を二本も折ってしまいました。
 幸い叔父が治療をしてくれたおかげで大事には至りませんでしたが。
 叔父は父の歳の離れた弟です。父が祖父の遺産を事業に投資したのに対して叔父は勉学につぎ込んで医者になりました。優秀な医者だと思いますよ。
 私の生活にあれこれ干渉さえしてこなければ理想的な関係なのですがね。叔父が紹介してくれた看護婦と家政婦はどちらも叔父に私の生活や交友関係を叔父に報告していたんです。最初から叔父は私を監視するつもりだったのかもしれません。
 友人を介して雇ったのが花菜子でした。優秀な看護人兼家政婦。
 子供の頃面倒を見てくれたメイドに少し似ていて、つまらない病人の話を嫌がるそぶりもなく聞いてくれました。
 私が初めて心を許せた相手だったんです。彼女を愛するまでに時間はかかりませんでした。
 だから、私は信じません。誰がなんと言おうと。彼女が私を殺そうとするはずはない。私たちはただ、私が子供の頃上から眺めるしかなかった菜の花畑に行きたかっただけです。逃げたのではなく彼女は助けを呼びに行ったはずなんです。お願いです。妻を探してください。彼女はトラブルに巻き込まれたのかもしれない。


「看護師の妻がアレルギーを利用して夫の殺害を図ったそうですね。立証が難しくないですか?」
 刑事はコーヒーの入ったマグカップを片手に管内で起こったばかりの事件に言及した。直接の担当ではないが今後同様の事件が発生し、自分が担当にされないとも限らない。
「そうなんだよね。犯人と目されている妻が行方不明、というか被害者の叔父が妻の犯行だと主張しているだけだしね」
 季節にかかわらず黒いスーツの相方は首をひねる。
「叔父はどうして夫妻のあとをつけたのだろう?」
「結婚祝いのために二人の家を訪ね、ちょうど二人が外出しようとしているところで、身体の弱い甥っ子を連れだしたことをとがめようとしたと警察には説明したそうです。叔父さんが被害者に治療を施したため命拾いしたようです。幸運ですね」
「結婚を祝いたいのか反対したいのか、矛盾した動機だなあ。それに、各種のアレルギー持ちの人間を尾行するからといって薬は必要ないだろう。叔父が当時どんな薬を持っていたか調べたほうがいい。もしかすると応急処置に必要なものがすべてそろっていたかもしれない。それに叔父と行方不明の妻とのつながりもね」
「叔父さんを疑っているんですか?」
「そうだよ。アレルギーを利用して人を殺害するのはすごくむずかしいよね。でも被害者の身内で長年主治医だった叔父なら可能かもしれない。療養名目で田舎の別荘に住まわせるうちにすべてのアレルゲンを把握したんだ。菜の花で喘息を起こすこともね。長い間実行に移さなかったのは多少は良心がとがめていたのかもしれない。でも今回、死にかけた被害者を助けて恩を売れば、殺人罪は回避できるし良心は痛まない。一石二鳥だよ」
「妻の失踪はどういうことでしょう?」
「叔父に甥の妻を殺して死体を隠せるほど時間的余裕は無かった。妻は叔父に騙されてどこかに隠れているという前提で探してみるしかないな」
 立ち上がると壁のカレンダーの写真が刑事の眼に映る。鮮やかな黄色い花々が青空の下で輝き、その中央に白いブラウスの女の後ろ姿があった。
 

※アレルギーを殺人の手段に使えないかと思って書いてしまいました。イギリスでは菜の花畑が喘息の原因だという俗説はあるようですが専門家によって立証されているものではありません。m(_ _)m

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2018/05/22 22:12
叔父さんの気持ち、とても複雑なものがありそう。
>結婚を祝いたいのか反対したいのか。
たんなる親心?それとももっと特別なもの?
いろいろ考えてしまいますノωノ*
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2018/05/10 23:38
意図せずに結果としてアレルギーで死に至らしめたのが実は自分だったって言う話は読んだ事があります。
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2018/05/01 05:25
手の込んだお話ですね
らてぃあさんのお話をツィッターで紹介すると
けっこうな勢いで食いついてきます
いつか長編を書いて投稿してみてください



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