夜霧の巷(21)
- カテゴリ:自作小説
- 2018/05/07 13:42:19
もはや、新垣内のペースになってきた。教養の乏しい上林良平には荷が重過ぎた。ただ、拾ったものだから、暗号で書かれたメモに執着はないが、人間の心理として内容を知りたいという欲求もあり、もし、このメモから持ち主が判明すれば、20万円を添えて返却したいという反省もあった。この時点で手提げバックが湾内に浮かんでいた死体の所有物であるという認識は上林にはなかったのである。彼の意識はバッグの持ち主よりも、20万円に目がくらんでしまった自責の念がつよかったのである。
「上林さん。この手帳を私に預からせていただけませんか。この暗号を解読してみたいのですよ。古文書を読み解くとは違った、精神の高揚を感じますな。こんな気分になるのは久しぶりだ。」
新垣内は上機嫌になって、支払いは上林がするというものだから、追加料理を注文し、アルコール飲料の方も、どこまで飲むのかというくらいに酒豪であった。古物商の息子である木崎も新垣内に見習ったので、この二人は日頃からの飲み仲間であることが分かった。
「あなたが持っておられたとしても、役に立たないでしょう。新垣内さんに預けられた方がいいのではないでしょうか。」
木崎龍平も賛同した。
「いいですよ。それで、無料ですね。」
上林は慎重に確認した。目の前の二人にカモにされかねないという警戒心が出てきたのである。
「ロハはきついですな。少しくらいイロをつけて下さいよ。五万くらいでいかがでしょうか。」
この新垣内という中年男は上林をカモと判断したのであろうか、何かにつけて金銭に結び付けようとしてくる。
「馬鹿らしい。そんな金はありませんわ。」
上林は即座に拒否した。
「だけど、君だって、このノートに書かれている内容に関心があるのだろう。それなら、頼むしかないだろう。何の知識もないならば、猫に小判じゃないか。」
木崎と二人して上林の説得にかかった。酔いが深まるにつれて、餌を漁るような格好になってきた。それに上林自身も酔っぱらってきたこともあって、もう、どうでもいいや、という雰囲気になってしまったのである。