お盆休み特別企画。著者初のホラー書下ろし。前書きも初めてだ
どこかで読んだネタ、パクリじゃないか、それがB級ホラーだ
くれぐれも、オチを予想したコメントをしないように

　昌行は、灰皿に入れていた車の鍵をポケットに入れると、アパートを出て駐車場に向かった。東京オリンピックの翌年に建てられたアパートの階段は赤錆び、蛍光灯はジジジと不快な音を立て明滅していた。車に乗り込むと、エンジンをかけ窓を降ろした。どこかに行く目的があったのではなかった。エアコンのないアパートで、汗を吸ったシャツが肌にまとまわりつくのに耐えられなくなった。

　車のエアコンが効き始め、昌行はサイドウィンドーを閉じた。東京に出て、頭金もなくローンで買った中古のレガシーBP5。燃費が悪く、CO2を大量に出す時代遅れの車。車の中が昌行の一番、ちょ落ち着ける場所だった。家賃より高い駐車料金を払っている。そんな生き方も時代遅れだと感じていた。

　普段と違い、道行く車も少なかった。母が3年前に亡くなり、鹿児島にいる父から、盆に帰らないのかと電話があった。仕事があるから帰らないと嘘をついた。25歳で東京に出て、運送会社に勤めた。埼玉の集積所から足立、葛飾、板橋などの下町の町工場に部品を届ける仕事だった。経営の厳しい町工場には土日の配達もあるが、盆と正月だけは皆休んでいた。この仕事が向いていた。人と話すのは伝票のやりとりをする程度しかない。後はハンドルを握っていればよかった。

　赤羽のアパートを出て西に向かった。普段、仕事で走る荒川の東側を避けたのか、無意識に実家の方向に向かったのかは分からなかった。練馬で車を停め、深夜まで開いている回転ずしに入った。お盆に少し贅沢をしたかったのと、一人でも入りやすかったからだ。

　カウンターに座り、茶を入れた。深夜になり客もいないせいか、レーンに寿司は回っていなかった。職人にイカにエンガワ、マグロを頼んだ。他に客もいないせいか、イカを食べ終わる頃にエンガワをタイミングよく出してくれた。これだと、回らない寿司屋と同じだ。だけど、客が自分しかいないと、居心地が悪い。自分の一挙手一投足を見られている気がする。

　早く食べて出ようとマグロに手を出したとき、浴衣姿の女が入ってきて、隣に座った。僕の頭の中は、ガラガラのカウンターで見知らぬ女が隣に座る理由を必死で考えた。ナンパ、商売、僕は身構えていた。お茶を注ぎながら女の顔を見ると、化粧っけはなく、商売女には見えない。３０代と言われれば３０代に見えるし、５０代と言われれば５０代に見える。懐かしい感じがする顔立ちだ。

　女は、「江戸前の夏と言ったら、アワビ、真子とカンパチかしら。お願いね、それとビール」と職人に声をかけた。僕は、店を出るために立ち上がろうとしたときに、目まいに襲われた。

　僕の視野の中に、１５歳の僕がいる。背中姿だけど自分だと分かる。ゲームで言えば肩越し視点だ。１５歳の僕はクラス委員をしている。同級生で同じクラス委員の麻友とホームルームのテーマを何にするか話し合っている。麻友は突然、僕に好きな人はいるのと聞いてきた。僕は、いるよ目の前にと答えていた。あの頃の僕は、あの頃までの僕は、未来になんの不安もなかった。

　場面が変わった。僕は無意識にこぶしを強く握りしめていた。胸が痛くなる。高校受験の発表の日だった。掲示板に僕の受験番号は無かった。僕の視線の中の僕が、周りの視線を避けながら高校を出て行った。

　同級生からは勉強もスポーツもできると思われ、実際に成績もよく、麻友だけなく、何人かから告白を受けていた。卒業式の日、それまでの妬みからか、同級生の男子から「〇〇高校落ちてどうすんの、××学校にするの」と悪意のある声を何度もかけられた。僕は、その日以来、人が嫌いになり、関わりあうことを避けるようになった。

　意識が戻り、固く握りしめていた手のひらには爪の跡が残っていた。隣の女がいなくなっていた。僕は、財布や携帯が無くなっていないか確かめた。お勘定を払おうすると、職人が、ご一緒の女性の方がお払いになられましたよと答えた。それと、これを渡すように頼まれましたと言い、霧島神社と印されたお守りを渡された。店を出ると、僕は西へと車を走らせた。

続く