昼休みに、裕太におごってもらったコロッケパンを食べていると、隣で亜由美がスマホを見ながら弁当を食べていた。
「何見てんの」と亜由美のスマホを覗き込んだ。

「竹内涼真」
「イケメン見ながら食べたら、美味しくなるのか？」
「最高のスパイスよ」
「俺の顔もどうぞ」と、亜由美の顔を覗き込んだ。

「やめてよ。竹内涼真の恋人になりたいなんて高望みをしてないわ。同じクラスになれるだけでいいのに。このクラスには、じゃが芋みたいな男子しかいないわ」
「ひどい言われようだな」
「後ろを見てよ」

教室の後ろでは、赤い帽子をかぶった加藤、福島、黒田が、段ボール箱を持ち、あっちに行ったり、こっちに行ったりしている。白い帽子をかぶった藤堂が、白いTシャツ一枚になり、顔に白いチョークを塗りつけ、ばい菌役の小西に馬乗りになっている。

今日の出し物は、この夏のアニメの総括らしい。「今日も運ぶよ、さんそ、さんそ。体中のすみからすみへ」合唱が始まった。一部女子も加わり、盛り上がっている。「はたらく、さいっぼ～、さいっこ～、働くぞ！働くぞ！毎日、毎日、修行中!!」

すると小西が、シャツの中にタオルを詰めて巨乳になり、「乙女に、秘密の一つや二つはあるものよ」と呟いた。女子が引き始め、とたんに出し物が終わった。小西よ、マクロファージのつもりだったと伝わったぞ。安心して落ち込め。

「じゃが芋だらけだわ。一面の芋畑よ。ここは、北海道の大平原かしら」

亜由美は、そうつぶやくと、弁当箱を洗いに教室の外に出た。

午後の授業中に金木犀の甘い香りが漂ってきた。亜由美の使っている小さくて白くて細いボールペンからだった。オレンジの色の線を引くたびに、金木犀の香りが漂ってくる。

授業が終わり、亜由美に話しかけた。
「俺、金木犀の香り、好きなんだ。あんなに小さな花から香るなんて不思議だよね。今朝、学校に来る途中に立派な金木犀の木があったんだ。三丁目の近くだったかな」
「私も、金木犀の香り好きよ。だから、このボールペン使っているの。帰りに、金木犀見ていく？」
「昨日の雨でグランド使えないから、部活休みだし、いいよ」

亜由美は自転車で学校に通っていて、僕より、道をよく知っていた。２０分くらい自転車をこぐと金木犀の香りが漂ってきた。塀の向こうに、金木犀の巨木があった。すると、亜由美は、自転車をカーポートに停めはじめた。

「勝手に停めたら、まずいんじゃない」
「私の家よ。知らなかったの」
「今日、はじめて自転車で学校に行ったから、知らなかった」

亜由美は、僕に近寄ると、突然、胸にパンチをした。
「素敵な誘い方をするなって、キュンとして、ドキドキしてたのに。まじで、天然なの。じゃあね、じゃが芋君」

亜由美は、玄関の中に消えた。
しばらく、金木犀の香りを楽しんでから自転車をこぎ始めた。自転車をこいでいたら、空腹を感じてコンビニでコロッケを買った。じゃが芋も悪くないのにと思った。