西郷どん 感想文
- カテゴリ:テレビ
- 2018/10/15 16:53:03
西郷どん 第38回「傷だらけの維新」
NHK 日曜夜8時~
▼家を守る弟
今回は戊辰戦争の一環である長岡藩と新政府軍の戦いで、
吉之助の大事な弟・吉二郎が戦死してしまうというお話でした。
吉二郎はドラマでも語られていたように、長男の吉之助が藩の御用のために
留守がちになっていた家を守っていた次男坊でした。
家族を養うため、内職や農作業に従事する慎ましい生活を送っているのに、
兄や弟のためにとばっちりを食らって処罰を受けたり職を失ったりと、
それまでかなりストレスフルな生活を送っていたに違いありません。
吉之助が吉二郎のことを兄と思っていると語っていたという記録は残っているようです。
吉二郎自身がどう思っていたのか…それが語られることはありませんでしたが、
日本全土に名前が知られるようになった兄や、その兄について活躍している弟のことを思うと、
心中穏やかではなかったのではないかと思えますね。
その吉二郎がいきなり戦に駆り出された理由も、はっきりしていません。
しかしドラマのように自分から志願したというのも、彼の環境を鑑みれば
あながち嘘ではないかなと思います。
▼吉二郎と園
実は園は吉二郎の後妻でした。
最初の妻はマスと言い、若くして死んだそうです。
そのへんの話はまったく出てきませんでしたねw
園は吉二郎の気持ちをよく理解していて、夫が戦に行きたいと言い出した時、
自分は行ってほしくないけれど、行かせてあげて欲しいと吉之助に頼み込みます。
私は吉二郎がこの戦で死ぬことを知っていたので、
死んだ時このことを園が後悔するのではないかと思って見ていたのですが、
そんなことはなかった…!w
このへんもうちょっと掘り下げてくれれば、もっといい回になったと思うのですがねぇ。
▼吉之助と戊辰戦争
ドラマでもあったように、彰義隊を殲滅した後、吉之助は一旦薩摩に戻り、兵を送り出しました。
実はこの頃から少し健康を害していたようで、自らは積極的に出馬するつもりはなかったようです。
しかし苦戦が続いたことから出馬要請があり、それに応える形で船で越後に向かいました。
そして越後に到着して間もなく、吉之助は吉二郎の訃報を聞きます。
つまり死に目には会えていないのです。
また長岡城は吉之助が到着した時には、すでに落ちていたらしく、敵方は庄内藩になっていたようです。
まぁ死に目に会えなかった、では、あまりドラマティックではないから、
わざわざ史実を曲げて、兄弟の別れのシーンを入れたのでしょうね。
そのくらいの齟齬なら別にいいかなと思います。
第一、とても感動的でしたしね。
ただ何故一度、弟が負傷したという報せを聞いても、見舞いに行かずに軍議を続けたという
シーンまで入れたのか、ちょっとよくわかりませんでした。
吉之助が越後に到着してから訃報を受けるまで、実は4日ほどありまして、
その間に実際こういうことがあったのかなとも思ったり。
いくら通信網が発達していない当時とはいえ、近くにいたのだから4日もあれば伝わりますよね…。
主な戦地であった仙台、会津が降伏したため、庄内藩も降伏し、吉之助は薩摩に戻りました。
つまり吉之助が奥州の戊辰戦争に加わったのは、2ヶ月ほどでした。
しかもどこかの大将などをやったわけではなく、オブザーバー的な存在だったようです。
ドラマでもありましたが、あの西郷さんが来てくれた!と士気を上げるためと、
吉之助を慕う薩摩藩士の重役に指示を与える役割だったようです。
そしてまた健康状態が思わしくないため、引退を表明して湯治に行ってしまいました。
吉之助にしてみれば、慣れない戦に携わり、自分も傷つき、家族を失い、
もう後は大久保たちに任せたいという思いがあったのでしょうね。
しかし歴史は吉之助の降板を許しませんでした。
次回から明治時代に入り、日本はどんどん開けていくというのに、
吉之助自身には暗雲が垂れ込めて行くのです。