◆11月15日（木）PM

5年目のK君は、月曜日に熱を出し会社を休んでしまい、K君が想いを寄せるあかりちゃんへの牛丼プレゼントのきっかけを失ったままになっている。

このままではいけないと、あかりちゃんにお昼どうしているのか聞くと、弁当を持ってきていますと言ったので、明日、K君が牛丼を届けにくるので弁当持ってこなくていいよと伝えた。

K君に、あかりちゃんに弁当持ってこなくていいと言ったので、明日頑張れよ。サラダも忘れるなと伝えた。

◆11月16日（金）AM

K君は、サラダのドレッシングを何味にするか悩んでいる。見かねて、秘書室のあかりちゃんのところに行き、胡麻ドレッシングと醤油ドレッシング、どっちが好きと聞いた。あかりちゃんは、少し考え醤油味と言った。

K君に、二人分の千円を渡し、ドレッシングは醤油味だ。お昼休み前だが、離席を許可する。吉野家に行ってこいと送り出した。

その様子を見ていた部下Aに、「沖人さん、面倒やきすぎ。K君の出番がなくなるじゃないですか。K君のことを心配するより、自分のことを心配した方がいいんじゃないですか」と言われた。

確かにその通りだが、後半の発言はセクハラか逆パワハラにあたる可能性がある。君も、午後から講習を受けたほうがいい。

◆11月16日（金）PM

セクハラ講習に参加する。講師から、カード配ってますから1分で書いてくださいと指示を受ける。

カードには、『あなたの一番楽しいこと（時）を書いてください』と書かれていた。簡単な質問だ。『二コタの日記へのコメントを読んでいるとき』と書き込んだ。

講師が、時間になりました。それでは、奇数列の人は後ろを向いて、4人グループになり、お互いのカードを見せ合ってください。そして、一人2分ずつ、カードに書かれたことを説明してくださいと言った。

まじですか。くそっ、アイスブレイクか。アイスブレイクどころか、ここ数年で最大級の緊張状態を迎えることになった。この場で二コタについて語らないといけないのか。こんな時に限って、ボールペンで書き込んでしまって消すことができない。0.5秒で、二コタの文字だけは黒く塗りつぶしたが透けて見える。

振り返り、後ろの席の人達とカードを見せ合った。怪訝そうに、こちらのカードを覗き込んでいる。チーンとベルがなり、髪が薄くなりかけたおじさんがカードに書かれている『子供と遊んでいるとき』を話し始めた。

たまたま座席が前後になっただけの見ず知らずのおじさんの家庭の話に、これっぽっちの興味もない。それに、こちらの頭の中は、この苦境をどう乗り切るかで精いっぱいだ。おじさんの話にうなづいているが、そのタイミングは怪しいところだ。

今でもスイーツ好きでアニメオタクの怪しいおっさんなのに、仕事より二コタが好きなことがばれてしまえば、本店管理職としての威厳が失墜し、支店の不服従運動が起こりかねない。

チーンとベルが鳴り、自分の順番が回ってきた。最初に自己紹介をさせてもらいますね、出身は香川県で、何もないところですがうどんがあります。讃岐うどんはコシの強いのが特徴で踏めば踏むほどコシが出るんです。うどんは水加減が大事で～と、ひたすらうどんについて語りつづけた。

もう一度チーンとベルがなった。NHKののど自慢で、サビに入る前にカ～ンと鐘がなるようなものだが、作戦通りだ。すいません。話が苦手で、うどんで時間が終わってしまいましたと、くるりと前に向き直った。

なんというプレゼン下手だと思われたかもしれないが、僕の中の大事なものは守ることができた。それに、今日はプレゼン研修ではない。セクハラ研修だ。

今度は、講師がセルフチェックシートに印をつけてくださいという。もうだまされる訳にはいかない。慎重にチェックをつけた。

チェックの数を数えて、自分で解説を確認してくれとのこと。真面目にチェックしたのに損した。ちなみに解説は『あなたは、自覚していませんが、セクハラ、パワハラをまき散らし、被害を受けている人がそこかしこにいるかもしれません。テキストをよく読み、行動を改めてください』であった。

知らなかった。自分がそんな人間だったとは。
でも『同性より異性が淹れてくれたお茶の方が美味しく感じる』、『初対面の異性に会ったら、顔を見てしまう』、『同性といるより異性といた方が楽しいと思う』、『男は男らしく、女は女らしくと内心思っている』などなど、チェックがつかない人間は偽善者ではないか。

しかし、注意をすることにしよう。二コタの皆さんにセクハラ発言をして嫌われてしまったら、一番楽しい日記へのコメントを読むことができなくなってしまう。