Nicotto Town



メンテナンス

机の中を見たが、今日も日記帳が入っていなかった。智佳子が休んでいるのかと思い隣のクラスを覗いたが、智佳子は友達と話していた。日記を書いた次の朝は、誰よりも早く登校し、机の中に日記帳を入れておく。それを、二人で交互に繰りかえしていた。智佳子と交換日記をはじめてから、学校を休む時以外は、日記の交換を一日も欠かすことはなかった。

去年の夏から交換日記がはじまった。机の中に、厚いスヌーピーの日記帳が入っていた。最初のページに綺麗な字で、日記が書かれていた。「鈴木君、小学校3年生のときのことを覚えていますか。私は、ずっと覚えています。」そんな書き出しだった。

小学校3年生の時に、隣の小学校とポートボールの対抗戦があった。隣の小学校のグランドで、僕は、いきなりボールをぶつけられた。向こうの生徒が挑発をしてきた。僕は、ボールを拾うと、ぶつけた相手にボールを突き出して「ふざけるなよ」と言った。

対抗戦が進み、女子の試合の時に、ボールがコートの外に出て、僕にボールをぶつけたガキ大将らしい奴の近くに転がった。智佳子はボールを取りに行こうとしたが、怖がり立ち止まっていた。僕は、ガキ大将の近くのボールを拾い、智佳子に渡した。

智佳子はガキ大将と同じ小学校で、僕の通う小学校とは違っていた。中学生になり同じ学校に通い、そして同じクラスになった。背丈も伸び、髪形も変わったが、智佳子はあの時の僕だとすぐに分かったと書いていた。

小学生の時のことが忘れられない。乱暴な人だと思っていたけど優しい人だと思った。早く中学生になり同じ学校に通い、もう一度会いたいと思っていたら、同じクラスになれた。それなのに、二年生で別のクラスになり、また、離れ離れになってしまう。交換日記をしてほしいと書かれていた。

きっと違う。智佳子は、僕が壊れていきそうなことが怖かったんだろう。日記帳が届く前の日に、僕は智佳子に暴言を吐いていた。

中2の5月にバスケ部を辞めた。休部していた3年生が戻ってくると1年生の指導役になった。指導どころか、ただのいじめをしていた。止めるように言うと、部室に連れていかれて殴られた。

顧問になんとかするように言っても何も変わらなかった。部活がいやになり顧問に退部すると告げると、引き留められるかと思ったら、あっさりとそうかと言われた。

田舎の中学で、大半の男子が運動部に入っていた。部活をしていないのは、運動と人付き合いの両方が苦手な生徒と不良グループぐらいだった。部活を辞めるとドロップアウトしたように感じ、友達とこれまでと同じように話すことができなくなった。

自分がだめな人間のように感じ、放課後になり、クラスメートが部活に行こうとするのを見るたびに胸がいたんだ。部活の話になるのが嫌で、会話をすることが嫌になった。不良が着るようなダブダブのズボンを履くようになった。いきがっていたのではなく、誰にも近づいて欲しくなかった。

学校に自分の居場所がなくなり、放課後は親にせびった小遣いでゲームセンターにいりびたるようになった。小遣いもなく、家にも帰りたくなくて、放課後、教室からグランドを眺めていた日、智佳子が友達と一緒に教室に入ってきた。

智佳子から、することがなかったら、書道部に入らないかと誘われた。智佳子は書道三段だった。僕は、智佳子に、「うっとうしんだよ。犯すぞ。」と言った。彼女はしばらくうつむき、友達の方を見た後、「いいよ」と言った。僕は、いたたまれなくなり、教室を飛び出した。

彼女の好意には気づいていた。一年生の同じクラスの時、昼休みにサッカーをしていると、彼女は遠くから僕を見ていた。鉄棒にかけた制服が風に吹かれて落ちた時は、砂を払って元に戻しておいてくれていた。

今の自分は、もうあの時の自分と違って、ダメになっていた。智佳子にふさわしくない男だった。僕に近づいて欲しくなくて、彼女に汚い言葉を吐いた。自分が嫌で嫌でしかたがなくなった。

その翌朝、机の中に智佳子からの日記帳が入っていた。僕は、智佳子に申し訳なくて、次のページに「よろしく」とだけ書き、彼女の机の中に戻しておいた。

彼女は、日記帳のページいっぱいに、その日の出来事を書き、時々、ページが足りずに、余白にまで書き込んでいた。僕は、プロ野球の試合結果くらいしか書くことがなくて、ページの半分も埋まらないことがほとんどだった。ただ、学校に行く目的は日記帳を交換するためだけだった。

一年近く、交換日記を続けているが、智佳子とは、手をつないだことどころか、言葉も交わしたことがない。二人の間を日記帳だけが行き来していた。

その日記が突然、届かなくなった。最初は、何やってんだと智佳子に怒りが込み上げてきた。二日目になると、不安になり、親父の煙草に火をつけた。むせ返り、涙が出てきた。じっとしていることができずに、スニーカーを履くと夜の街に駆け出した。

走りながら、智佳子のことを考えた。彼女の優しさに甘えて、今日と同じように明日が続くと思っていた。自分は一年間、何も変わろうとしていなかった。智佳子に呆れられても仕方がなかった。大切なものを失ったことに気づいて、涙が溢れてきた。

家に戻ると、はじめて智佳子宛ての手紙を書いた。これまでの感謝と別れの言葉。彼女の気持ちを裏切った謝罪。翌朝、いつものツータックでなく、ストレートのズボンを履き登校した。

智佳子の教室に入った。
「ごめん。今頃気づいた。遅すぎたのは分かってる。」
「気づいてくれたの。全然、気づいてくれないんだもん。ちょっと意地悪したの。」
「えつ」
「似合うでしょ。少し、短くしてみたの。月曜日の日記に一言も触れてないんだもん。」
「えっ」
「はい、日記。ちゃんと私のこと見てよ。」
彼女は少し短くなった髪に手を当てると、ニコッと笑った。

その日、はじめて、ページ一杯に日記を書いた。中3の夏。ぎりぎり間に合ったかもしれない。僕に考えるチャンスを与えてくれたメンテナンスの時間に感謝した。

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2018/11/23 12:53
さなちゃん
学生時代でなくても、いつかあればいいんじゃないのかな。いい思い出が。

ゆりかさん
自筆の手紙は、言葉以上に感じることがありますね。僕は、ミミズがはった字で、読むのが困難です。

みーぴこさん
ちこちゃんに怒られる。是非、みーぴこさんの初恋話を期待しています。

Cherryさん
日記帳を読み返したら、こんなことを言ってたのと顔が真っ赤になるかもしれないですね。

オレンジ☆さん
好きでなかったら、しようと思わないし、続かないし、好意を寄せられていたんでしょうね。

たまちゃん
続きを書くと、受験の準備をしないといけなと日記は途絶え、それっきりになっちゃうんでしょうね。そしたら、いつもの感じになる。



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2018/11/21 22:13
ハッピーエンドだ・・・(珍しい!と思っちゃいましたw)
交換日記も懐かしいし、ポートボールも!ありましたねぇ!
運動音痴なのに、ポートボールはなぜか好きでした。
ゴールの前で邪魔をする役が特に好き。
中学校では部活に入らなかったけど(習い事をやめたくなくて)、
類友なのか、自然と私の周りは部活を途中でやめる子ばかりでした。
でも不良じゃなかったんですよ~もちろん優等生ですよん(笑)
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2018/11/20 23:11
交換日記お友達としてました^^
好きな子の事を
書いたりして
楽しかったなぁ~。
隣の席の同じ部活の男の子とは
手紙交換してました。
お互い・・・好きだったのかなぁ・・・^^
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2018/11/20 21:44
交換日記なつかしいなぁ。
今の若い子もやってるのかしら?!
何冊も続いた日記帳、どこやっちゃったんだろう。
今度実家に帰ったらさがしてみます。

リア沖人さんも交換日記やった口かしら
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2018/11/20 21:14
こんばんは✿

中学生・・・
私の過ごした中学時代は もっと幼かったかもw
ボーとしてたからなぁ~
こんな 初恋してみたかったですw

素敵なお話しですね(*^^)
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2018/11/20 05:27
おはようございます、沖人さん。
同級生と、こんな恋愛が出来たら素敵ですね。今回は、前回とはうって変わって、じ~んとくるお話ですね。沖人さんの多才ぶりに、ますますファンになりそう(*^^*)
交換日記ですか。メールやラインが主流な時代、手書きというのは、憧れますよ。和歌も添えたら最高ですね。
素敵なお話でした。次回も楽しみです♪
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2018/11/19 23:33
交換日記・・・してた時期もありましたw
学生時代はこういう思い出がないのでちょっと羨ましいです(ノ∀`)アチャー




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