Nicotto Town


ごま塩ニシン


夜霧の巷(53)

 菅原はじっとしていられなかった。一刻も早く植村雪枝から話を聞き出したかった。何か、謎に向かって、事態が動き出したような気がしてならなかった。雪枝の入院している病院へ行くにしても、面会は午後になる。彼は時間つぶしにコーヒーショップ「カモメ」に寄った。
 ランチタイムなので店は混んでいた。道路に面した窓際の席にユーチューバーを目指している古宮の姿を菅原は見つけた。
「やあ。久しぶりだね。どう、相席させてもらってもいい。」
 菅原の声掛けに古宮は笑顔で了承した。
 古宮はタブレットの画像に夢中であった。ご機嫌を取るつもりはなかったが、古宮はユーチューバーとしての画像造りに青春をかけている。この意味ではルポライターを目指す菅原としても共鳴できるものがあった。生活していくには前途多難な選択であったが、自分なりのものを創出したいという欲求は菅原も同じであった。
「何か、愉快な映像に出会えた。」
 話題を作り出したい思いから、再度、菅原が問いかけた。
「いやー。簡単には遭遇しませんよ。偶然というものは、追いかけて出てくるものではありません。」
「そりゃそうだ。君も若いのに哲学的なことを言うね。」
「そうですか。何も、深い考えはありませんが。」
 目線を挙げると、店長の浜田由梨花が立っていた。
「コーヒー持ってきてあげた。」
 こう言って、由梨花は菅原に声をかけたが、由梨花の視線は古宮の方を向いているのを菅原は視界に捉えた。
「忙しい昼時にお邪魔して、申し訳ないね。」
 菅原は遠慮して言ったが、由梨花の表情に輝きを感じた。
「いいえ。大切なお客様ですから、ご遠慮なさらずに。」
 古宮は足を組み替えたものの目線はタブレットの画像を追っていた。菅原は由梨花、古宮そして自分という小さな空間を通して微妙な熱気を感知したのであった。由梨花は古宮からユーチューブの画像編集で指導を受けていると言っていた。思い過ごしかも知れないが、ひょっとして由梨花は古宮に好感を抱いているのかもしれない、男の勘というのだろうか、菅原の臭覚が動いたのであった。





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