迷路の街
- カテゴリ：自作小説
- 2019/02/14 07:33:37
30代の半ばになり、人生について考えなければいけなくなった。大学院を出てポスドクとして、研究を続けていたが、自分より若い研究者が大学教員や企業の研究所に採用されていく。
少子化の影響で大学研究者の採用も少なく、気候変動による農作物への影響という企業収益に直結しない研究テーマだったため、民間企業への就職も難しい。博士号を持っていても年収300万円では、結婚を考えることもできずに、研究だけに打ち込んでいた。
そんな時に、叔父の真田から小豆島（しょうどしま）のオリーブ園を手伝ってくれないかと頼まれた。母親が心配して叔父に頼んだのだと思うが、叔父の言葉に心を動かされた。
「日本にオリーブが持ち込まれたのは110年前だ。日本各地で栽培されたが、順調に栽培されているのは小豆島だけだ。1世紀たって、ようやく、オリーブ栽培も軌道にのった。果樹は一度植えると、30年、50年収穫が続く。気の長い仕事だ。次の世代のためには、気候の変化も気にしなければいけない。お前の研究も活かせるのでないか。」
ポスドクの任期が終わると、瀬戸内海に浮かぶ小豆島に移住し、叔父のオリーブ園を手伝った。これまでの、研究室での生活と違って、一日中農園に出て、オリーブや葡萄の手入れや収穫をした。
相変わらず収入は少ないが、ジャーナルを読んで他の研究者を気にしたり、学会でのプレゼンの評価を気にしたりする必要もなくなった。作物も手をかければ、かけるほど、正直に返ってくる。大地やオリーブに向き合うことが楽しかった。
平日は、農園の作業でくたくたになったが、土曜日は、夕飯を兼ねて街にでかけた。叔父が、「いい歳をしているんだから、年寄りしかいない家で飯なんか食わずに、娘さんを見つけにいけ。」言って、追い出されたからだった。
小豆島の人口は3万人もいない。住民は少ないが、観光客が多く、街にはカフェや居酒屋もある。いつの間にか、行きつけのお店ができた。この行きつけの店は分かりづらいところにある。街自体が分かりにくい。
南北朝の騒乱の時に、小豆島の周辺が激戦の地になった。北朝方の細川氏の攻撃に備えて、小豆島の星ケ城に拠点を構えた佐々木氏が、街全体の路地を複雑に入り組ませた。今では、迷路のまちと呼ばれている。
「本田さん、いらっしゃい。今日も定食とビール？」
「うん、お願い。」
厨房からゆり子が出てきて、ビールとおしぼりを出してくれた。カフェを経営する石田ゆり子も島の外から来た組だ。
厨房の奥にあるガラスの瓶が目にとまった。
「その瓶に入っているのアーモンド？」
「そう、今、アーモンドにはまっているの。毎日20粒は食べているわ。ビタミンEは老化防止になって、ポロフェノールが多く含まれていて、悪玉コレステロールを抑えてくれるの。食物繊維も多くて、ダイエットにもいいのよ。」
「ゆり子さん、ダイエットしないといけないような体型じゃないでしょ。」
「女心が分かってないわね。本田さんのオリーブ園でアーモンド作ってよ。アーモンドって、植えてから何年くらいで穫れるのかしら。そこにある坪井栄の文学碑には、桃栗3年、柿8年、柚子の大馬鹿18年って書いているわよね。」
「アーモンドは3年くらいだったと思うよ。柚子も18年もかからない。坪井栄は、人間が成長するのに18年って言いたかったんじゃないの。」
「さすが、本田ちゃん、農学博士ね。」
家に帰り、久しぶりに文献を調べた。アーモンドはカリフォルニアが主産地だが、ローレンス・リバモア国立研究所のレポートでは、温暖化で20%生産量が落ちると予測している。
アーモンドは、湿気や寒さを嫌い、オリーブやレモンの産地と重なる。瀬戸内で栽培できるかもしれない。オリーブ園でアーモンドを育てて、ゆり子を驚かせようと思った。
毎週、ゆり子の定食屋に通った。ゆり子にどうして小豆島に住むようになったのか聞いた。
「私、彫刻をやっていて、瀬戸内国際芸術祭を見た時、感動したの。島の景色と島生活とアートが一体になっているの。それに、芸術に縁のない島のおじさん、おばさんも、活動の応援してくれているでしょ。気にいっちゃたの、この島。」
アーモンドの苗を50本植えて、育てた。バラ科のアーモンドは桃の仲間で、春にはピンク色の花をつけた。1年目から実はつくが小さい。3年目になりようやく、満足できるアーモンドが実った。乾燥させたアーモンドをローストした。少し塩をつけると美味しかった。アーモンドを麻袋に詰めて、ゆり子のカフェに行った。
「アーモンド、ようやく収穫できた。料理にも使えるように、塩とか振ってないから。」
「本田ちゃん、覚えてくれてたんだ。ありがとう。すごい量ね。そうそう、本田ちゃんに言わなきゃいけないわね。」
「なに？」
「ギリシアに行くことにしたの。ここ、日本のエーゲ海って言われているでしょ。ほんとのエーゲ海を見ながら、彫刻をしたくなったの。」
「ずっと行くってこと？」
「そのつもり。」
「もう、決めたの？」
「うん、来月には出発。本田ちゃんのこと好きだったわ。私に好意をもってくれていることも感じてた。だけど、女は、オリーブと違って気長に待ってられないの。アーモンド、ギリシアに持っていくわ。」
いつもより、多く、ビールを飲んだ。迷路のような路地を彷徨いながら、桃栗3年、柿8年、柚子の大馬鹿18年と呟いた。夜風にあたり身体が冷え咳が出た。「咳をしても一人」、小豆島に流れ着いた尾崎放哉の句だった。
高円寺は寒すぎて、アーモンドを育てられない。ナッツで一番高いのは、マカダミアナッツみたいだ。ハワイが著名な産地なので高いのかな。ベネズエラかモザンビークあたりに転勤になったら、アーモンド育てて樽に一杯詰めて送ります。
ゆりかさん
瀬戸内国際芸術祭は、お勧めです。船で島に渡るところから、旅情をそそります。アートは小豆島や豊島のゆな東側の島々ですが、本島には西側の島々は、古い町並みが残っています。洞窟の中に鬼の人形が飾られ、ディズニーアトラクションのようになっている鬼ヶ島もあります。
オレンジ先生
「１人の人を、何年も想い続ける…そんな純愛は、物語の中では涙を誘うかもしれません。だけど、現実で長い片想いにハマるのはおすすめできません！もう１年以上、片想いが続いている。いつも、片想いが長引く傾向がある。そんなあなたは、気づかない間にどんどん恋愛能力が低下しているのです。」恋愛教室より
環謝さん
本田君は、植物を相手にしているので、気が長いのではないでしょうか。気候変動のように100年後のことを考える悠長な男です。3年くらいは、あっという間だと思ったのでしょう。しかし、ゆり子さんに3年は長かった。しびれを切らされちゃいました。
みーぴこさん
大人の方ががむしゃらでない分、のんびりした恋愛ができるのでしょうか。本田君は、酔っぱらっているので、迷路のような街から脱出できなかったしょう。土庄の街ですが、妖怪の店とかカフェとか楽しいそうなお店もたくさんあります。近くには、恋人の聖地エンジェルロードもあるので、お立ち寄りください。
たまちゃん
地中海性気候のギリシャは、オリーブだらけかな。ポパイに出てくるオリーブの本名は、オリーブ・オイルだ。なんと安易なネーミング。原作はブルートを浮気ばかり。ブルートのどこに惚れる要素があるのか不思議だが、イケメンだけがもてる世の中は面白くないので、いいと思う。
ギリシャのあたりでも採れそうですかね？
だったら本田ちゃん、追いかけて行けばいいのに！
生活資金は・・・叔父さーん、仕送りしてあげてー（ぇ
素敵ですね☆ 純愛かぁ～
大人でも・・・大人の方が切ない純愛って出来るんですね
咳をした本田さんの横に「大丈夫？」と心配してくれる
気長に待ってくれる女性が現れる事を祈りますｗ
きっとゆり子さんは じれったすぎて耐えられなかったのかもしれないねぇ＾＾；
あ～久しぶりに無塩アーモンドまた買おうかな。。。(*´艸`)
でもそこまでずっと
想いつづけてくれていたら
嬉しいですね。
またまた沖人さんの雑学が深いですね。
オリーブにそんな歴史があったなんて知りませんでした。
さすが地元・香川への愛を感じます。
調べてみたら、日本では文久2年、林洞海がフランスから持ち込んだオリーブから始まり、当初の場所は横須賀だそうですね。
1908年に小豆島がオリーブ栽培試験地に指定されたそう。
順調に栽培されているのは小豆島だけとは、よほど気候が合ったのでしょうか？
小豆島のオリーブ観光スポットをネットで見てみましたが、なかなか魅力的な島ですね。
南北朝の激戦も興味深い～(*^^*)
そういえば、以前に瀬戸内国際芸術祭について教えて貰いましたね。
３年に一度で、ちょうど今年に開催されるとか。
アートに彩られる小豆島、沖人さんは見に行くのでしょうか。
私もおやつはアーモンドです。
美味しくて美容にも良い万能食材ですよね。
栽培してゆり子さんを喜ばせようとするのはナイスアイディアですが、さすがに３年は…
それまで何の進展もなかったのですか？
それは待ちきれずにギリシアに行っちゃうかも～（苦笑）
ゆり子さんも、好きだったら逆告白すれば良かったのに。
残念なオチもいつも面白いですが、ハッピーエンドも期待してますね(*^-^*)
沖人さん、アーモンド栽培して私に大量に送ってくださいｗｗ
スーパーで売ってるものは高いよねぇ＞＜