飛梅
- カテゴリ:自作小説
- 2019/02/27 07:00:06
東京駅に着き北陸新幹線から降りると、22時を過ぎていた。自宅のある北千住とは反対の方向にある新橋のスナックに向かった。クラブはホステスが客の隣で接客をするが、スナックは、ママやバーテンがカウンターの中で接客をする。
クラブは風営法の規制で24時には閉店するが、スナックは届け出をすれば24時以降も営業することができる。志賀は終電までには店を出ることが多かったが、閉店時間に急かされるように飲むのが嫌で、営業時間の長いスナックで飲むことが多かった。
「太郎ちゃん、いらっしゃい。今日は、遅かったわね。」
玄関のドアを開け、志賀がスナックに入ると、ママの博子が声をかけながら、おしぼりを出した。店内は奥にボックス席が一つとカウンターしかなく、ママが一人で営業をしている。志賀がこの店に通い始めて30年近くがたつ。博子は、その頃からこの店で働いていて、志賀のことを、いつか下の名前で呼ぶようになっていた。
「ママ、はい、お土産。」
「笹団子ね。いつも悪いわね。新潟に行っていたの。」
「工場の視察。昨日の夜は、新潟で日本酒だったから、今日は焼酎の水割りにして。金曜の夜なのに、客少ないね。」
「今どき、スナックなんて流行らないわよ。私も還暦近いし、潮時かしらね。」
「俺が会社辞めるまでは、この店、続けてよ。行くところなくなっちゃうよ。」
博子が、タンブラーで水割りかき混ぜ、カウンター越しに太郎にグラスを渡した。
「太郎ちゃん、副社長なんでしょ。珍しいわよね。男は出世すると、赤坂や銀座に通うようになるのに、こんなお婆さんしかいない場末のスナックに通い続けて。」
「仕事が終わったら、気楽に飲みたいでしょ。博ちゃんみたいな、おばさんだと、気を使わくていいからね。」
志賀は、決まって、金曜日の夜は、博子のスナックに顔を出していた。会社で同僚たちと話していると、土日の子供の学校行事や家族サービスの話題になることがあった。一人者の志賀には週末の予定がなく、金曜の夜が憂欝で、スナックで時間をつぶしてから、誰も待っていない部屋に戻るようになった。
一週間が忙しく過ぎ、月末の金曜日になり役員会が開かれた。財務を統括する副社長の島津と激しくぶつかった。EUからのブレクジットを巡って、グラスゴーの技術開発拠点を閉鎖するかどうかの対立だった。
志賀は工作機械の会社に勤めていいた。工作機械は景気のカナリアと呼ばれて受注額の変動が激しい。2008年のリーマンショック後、日本の工作機械の受注額は一気に85%減少した。それでも会社がつぶれないのは、財務体質が強いからだ。
技術部門を統括する志賀と、財務部門を統括する島津は、これまでも、何度もぶつかってきた。お互いの立場を理解し、落としどころを見つけてきたが、今回の件では、島津は一歩もひかなかった。
志賀のポストは、以前、経産省の天下りポストだった。リーマンショック後のリストラで生え抜きのポストになった。工作機械の輸出は外為法の規制を受け、許認可や海外の規制情報を持つ経産省の情報は、会社経営に不可欠だった。天下りを受け入れるためには、志賀が邪魔だという噂が社内で流れていた。
金曜日の夜、いつものように、志賀は博子のスナックを訪れた。
「ママ、転勤になるみたいだ。」
「副社長に転勤があるの。」
「福岡に新しく作る研究所の所長だって。左遷だよ左遷。」
「今まで頑張ってきたから、のんびり好きなことしたらいいじゃない。私ね、博多の生まれなの。九州は、いいところよ。」
「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るなかな」
「梅の季節ね。私も、そろそろ福岡に戻ろうかしら。」
「一緒に行ってくれるの。」
「お婆さんだけどいいかしら。」
「俺も、お爺さんだからね。よろしく。左遷に乾杯しよっか。」
志賀と博子は、グラスをカチンとならし、そして、静かに手を取り合った。
※飛梅伝説
平安時代、右大臣菅原道真は、藤原時平との政争に敗れ、大宰府に左遷された。その時、日ごろから愛でていた庭木との別れを惜しんで、「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな」と詠んだ。
梅の木は道真を追って、大宰府に飛んでいった。樹齢1000年の神木として、今でも太宰府天満宮でどの梅の木よりも早く花をつける。
愛でてもいいし、梅干しにしてもいいのに、もったいない。でも、桜でなくて、梅を植えていたのは風流ですね。道真を祀る天満宮には梅が植えられているので、たまちゃんちは、神社だったのですね。
ゆりかちゃん
博子がどこからきたのか思い出せません。菅原道真から博士を連想して、博子にしたようなしないような。いつも適当ですね。志賀さんの下の名も太郎だし。
さなちゃん
10年後は、八丈島でうどんとスイーツの店をオープンしているはずです。午後2時には閉店し、シュノーケリングをしているでしょう。アマゾンが八丈島まで小麦粉を送料無料にしてくれるどうかが不安。
オレンジ先生
ごくたまに、ハッピーエンドになります。禍福は糾える縄のごとしのように、悪いことが起ったら、いいことが起こらないと、人生、面白くないですよね。
環謝さん
志垣太郎が浮かぶ人はそうそういません。以前、噂の東京マガジンに出ていましたが、関西では放送をしていなかったと思います。やってTRYのコーナー面白いですよ。
mさん
志賀原発は、なかなか、連想しないでしょ。石川だから笹団子と近いですよね。金沢はいい思い出が、たくさんあります。しかし、志賀と言えば、普通は志賀高原かな。
リンゴさん
お酒が飲めれば、スナックに入りびたりのような気がします。違うかな、同じように、二コタをしているかな。
人と人との一コマにドラマが^^
新潟の笹団子。志賀原発・・・志賀から名前を取った?
ほっこりしました!
何故か勘違いして志垣太郎さんのお顔が浮かんだのは内緒です…( ̄▽ ̄;)
読んでいて
あたたかい気持ちになりますね^^
大人の恋のハッピーエンド、素敵でした~♪
うちのお庭の梅は遅咲きで今満開を迎えてますw
九州だから『島津』『志賀』なのかな。『博子』の由来はどこからでしょう??
あ、なるほど。和歌がプロポーズになっているのですか?
時を重ねた二人の素敵な恋物語ですね~vv珍しくハッピーエンド。
今回は遠くに旅立たれずに、待ってて貰えて良かったですね(*^^*)
それにしても、忠誠心みなぎる梅の木。
忠犬ハチ公を思い出しました(←なんか違う)。
我が家の軒先にあった紅梅も、早咲きなので1月に咲いてましたが、
ある日、うちの親がばっさり切っちゃって、残念ながら梅の花を楽しめなくなりました。
風流とはほど遠い我が家でございます。
最初、源氏物語の梅枝(うめがえ)のことかと思ってました。頭中将の娘、雲居の雁と夕霧の痴話げんかをエピソードに含めという師匠からの無理難題かと思いましたが、太宰物の餅菓子のことなんですね。梅が枝餅を知りませんでした。菅原道真も好んだとありましたがら、道真もスイーツ男子。ちなみに、道真は、讃岐の国の国司をしてますので、讃岐うどんも好物のはずです。どこかに売ってないのかな、梅が枝餅。
話を無理して、梅が枝餅までもっていってほしかったわぁ。
そうか~!太郎さんは辛党~だったのね・・・