神保町(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2019/05/14 06:56:10
泰樹は、神保町の喫茶店で珈琲を飲んでいた。山小屋の中にいるような静かな雰囲気だが、向かいに座っているナツの表情が険しく落ち着けなかった。ナツは20代には珍しく、オーソドックスな三つ編みにして、黒縁の眼鏡をしている。端正な顔立ちで、コンタクトにすれば人目を引く美人になるが、徹夜になることが多く眼鏡をかけていた。
ナツは、神保町にある出版社の編集スタッフをしていて、月刊誌にエッセーや短編を執筆しているフリーライターの泰樹の担当をしていた。ナツは一口、カフェオレを飲むと口を開いた。
「泰樹さん、今日、お越しいただいた理由はご存知だと思うのですが、読者アンケートの結果が芳しくありません。編集長がこのままだと、打ち切りだと言ってます。」
いくつかの読者アンケートの結果をナツが口にした。
・毎回、悲しい結末のワンパターンで、もう読む気がしません。
・うどんじゃインスタ映えしません。
・春に「月餅」はおかしいです。季節感を考えてください。
・おっさんの日常生活に関心はありません。
ナツは、カフェオレを飲み干した。仕事とはいえ、自分の父の年齢に近い泰樹に厳しいことを言うのは疲れるのだろう。
「私が会社に入って最初に担当に付いたのが泰樹さんです。このまま、打ち切られたくないんです。ハッピーエンドになる話を書いていただけないでしょうか。」
「ニーチェは、悲劇を最高の芸術と言ってます。プーシキンも、僕たちは、こぞって悲しい歌をうたうと書いています。悲劇のどこがいけないのでしょうか。」
「泰樹さん、うちの雑誌は、ファッション、グルメ、アート、旅行、実用記事までなんでもござれですが、大人の女性を対象に、仕事や家事に疲れた時に、ほっと一息つけて、読んで元気になれることをコンセプトにしています。ニーチェもプーシキンもいりません。」
「ナツさん、人生は悲劇だらけですよ。僕なんて昨日も振られたばかりです。」
「泰樹さんの人生はどうでもいいんです。読者もおっさんに関心はないと言っています。ここは、吉本新喜劇や松竹新喜劇で行きましょうよ。」
泰樹は、少し冷めたブラックを飲みながら、自分に喜劇が書けるか考えた。街を出歩くことは少なく、本を読んだり、ネットで情報を集めて創作していた。ほぼ引きこもりの人生で楽しい出来事なんてほとんどなかった。
「ナツさん、僕には喜劇は無理だと思うんです。見てのとおり、みじめな人生を送ってきましたから。」
「何を言っているんですか。チャップリンは、孤児院で育ち、貧民街でコソ泥をしながら、喜劇王になったんですよ。庶民の悲しみを知っているからこそ、喜劇が書けたんです。やもめ暮らしでみじめな人生を送っている泰樹さんに喜劇が書けないわけがありません。」
泰樹は、ナツの頭を一発叩きたくなったが、生活がかかっている。月刊誌の執筆を打ち切られるわけにはいかなかった。
「次のエッセーのテーマは何なんですか。」
「夏になるので、江戸の祭りと、トロピカルな雰囲気のスイーツをテーマにお願いします。」
「江戸の祭りは何とかなると思うのですが、トロピカルなスイーツは苦手です。和三盆を使った和菓子ではだめでしょうか。」
「ダメです。落雁を好きな人と嫌いな人が半々ということが、前回の記事で分かりました。タピオカミルクティーのように、多くの読者が関心を持つスイーツじゃないとだめです。」
ナツは、眼鏡をティッシュで拭くと、手帳のページをめくった。
「編集長は、次の連載記事で、打ち切りかどうか決めると言っていました。私も、取材に付き合います。土曜日でいいですか。」
泰樹がうなづくと、ナツは後でラインで連絡すると言って、伝票を手に取るとレジに向かった。
つづく
※神保町の山小屋のような喫茶店
https://icotto.jp/presses/10542
息子さんが読んで、なんと思われたか、無茶苦茶気になります。このおっさん、閑だなと思われたと思います。そうなんです。暇なんです。ジョギングとパン作りで時間をつぶしています。
声を出して笑っていたので長男君が興味を示しましたので、『沖人さんの小説!よ』って!
さぼうる知っているっていってました(^▽^)/
僕は、泰樹とは違います。僕なら、新宿か四谷での乗り換えに手間取り、遅刻するでしょう。服装はウィンドブレーカーにリュックになると思います。灰色の脳細胞を活性化させて、想像力を働かさせます。ハッピーエンドを目指します。
たまちゃん
禁煙条例が出来たら、さぼうるどうなるんだろう。神保町交差点の珈琲茶館も煙草が据えていたけど、喫煙ルームが出来上がって、席を外さないといけなくなった。神田伯剌西爾は、今月号の「散歩の達人」に取り上げられてました。学生時代に豆に惚れ、26年珈琲を淹れ続けているんだって。
タバコの煙の印象が強くて、それ以来行ってないかな。
向かいの喫茶店のパンケーキ、まだ並んでるでしょうか?
最近行ってないけど、神田伯剌西爾が個人的には好みですw
ハッピーエンドを書かないと、自分もハッピーエンドから遠ざかっちゃいますよ!
想像を働かせて力作書いてください。
そうです。悲しい結末に読者の批判が集まっています。そろそろ、ハッピーエンドにしなければと作者は焦っているはずです。しかし、どうすればいいのか戸惑っているところでしょう。昔懐かしい喫茶店です。ちょっと、ごたごたした外観ですね。
ゆりかちゃん
引きこもりの泰樹には、期待できないので、ナツに期待しないといけないですね。若いけど、泰樹よりずっとしっかりしていそうです。ちゃっぷりんの映画は、ライムライトが好きです。ハッピーエンドというには、悲しい結末ですが、人の優しさがつまっています。
aiさん
何事も挑戦です。入ってみなければはじまりません。入ってしまえば、ナポリタンの量の多さに驚いてしまいます。食べ過ぎに注意ですので、シェアして食べるようにしましょう。スズラン通りの一本中どおり、神保町の真ん中にあり便利です。
mさん
自分一人で結婚を夢想して、段取りを考えてしまう人とは、上手く行かなくてよかったと思いましょう。また直ぐに、次のお相手が現れるでしょう。相手の両親に会ったということは、結婚に向けて、前進しているような気もします。
みーぴこさん
頭を一発叩いたら、ナツにタブレットで叩き返されるかもしれません。タピオカミルクティーはファミマのしか飲んだことがありませんが、有楽町のタピオカジュース屋さんは、毎日、行列です。そんなに美味しいものだと思わないので、今回の話もうまく行くか微妙です。
環謝さん
読者の期待を裏切るのが得意です。ニーチェやチェーホフで伏線を張っているのかもしれません。寅さんだって、毎回、振られているんだから、本当は、バッドエンドの方が皆さん好きなのかもしれません。喜劇が好まれるのは関西だけかもしれない。
さなちゃん
そう、読者を増やしてステプを集めなければいけません。ステプがCコインに変換できるようになれば、もっと頑張ります。Pコインに変換できれば、毎日、連載するでしょう。
もっと読者を増やしたいんですねww
ガンバッテクダサイ笑
そうですね、たまにはハッピーエンドのお話読んでみたいです~♪
是非よろしくお願いします(*゜▽゜)ノ
泰樹さん、生活がかかってなくてもナツさんの頭を一発叩いちゃダメw
タピオカミルクティーで一発逆転をw
次、早く良い人表れます様に・・・・・・・・・・
入るのに勇気がいりそうです。
泰樹さんの書いた短編のモデルが誰なのか、非常に気になる所です(笑)
すごく面白そうですけどね~。
打ち切りだなんて、もったいない。
ナツさんの手腕で、どうにかなるのでしょうか^^
チャップリンが、そんな大変な人生を歩んでいたとは知りませんでした。
作品自体は見たことないのですが、調べてみると喜劇と悲劇が紙一重な作風のようですね。
むしろ、今のままの泰樹さんの路線のほうが良さそうなのにー。
江戸祭りとトロピカルスイーツネタ、どうなるのやら。
親子ほど年の離れた、泰樹さんとナツさんも、まさかのハッピーエンドになるのかドキドキですねv
続きを楽しみにしてます(*^^*)
これは、ハッピーエンドへの物語?
トロピカルな展開の後編が楽しみです。
山小屋のような喫茶店はわたしにはちょっとハードル高い外観ですわ。