出血大サービス
- カテゴリ:自作小説
- 2019/06/23 17:22:52
保と香は水槽の中のテングモウミウシを見ていた。トロピカルフルーツのアテモヤの実が透きとおり、そこにウサギの顔がついたような感じで、ピカチュウに出てきそうな可愛らしさだ。
「ウミウシは何の仲間なの?」
「貝殻を無くした貝の仲間。」
「どうして、ウミウシの研究をしようと思ったの?」
「誰も研究をしてなかったから。マグロやサンマのように、漁業の対象にならないし、熱帯魚のように好かれることもない。誰からも相手にされていなかった可哀そうな生き物なんだ。」
「先生は、変わり者が好きなんだね。さっき、ウミウシは雌雄同体って言っていたよね。どういうこと?」
「ウミウシは、男性器と女性器の両方を持っている。動くのが得意じゃないから滅多に仲間に合わない。ワクワクして出会ったのに、雄同士だったり、雌同士だったらがっかりするだろう。せっかく出会った機会を逃さないように、誰と合っても交配できるようになったらしい。」
「そんなのやだ。この人じゃなきゃっていう人がいいわ。ウミウシは、男らしくとか女らしくとは無縁の世界なのね。香は、優しくて男らしい人がいいな。先生は、優しいけど、男らしさとは程遠いわね。」
「しかたない。20年以上、ウミウシの研究をしていたら、似てしまったんだ。ふにゃふにゃのブヨブヨだ。」と言って、保はお腹の周りをさすった。
「お母さんは、勝ち気で女っぽくないけど、心は乙女なの。毎晩、『あさきゆめみし』を読んで、こんな風な焦がれるような恋をしてみたいとか、源氏になら騙されてもいいわとか言っているわ。更科日記を書いた藤原為標女と同じよ。」
「そんな風に見えなかった。毎晩、眼鏡をかけて『月間糖尿病』や『月間理学療法』を読んでいるように感じた。」
「先生、お母さんに会ってどう思ったの。」
「初めて会ったばかりだから、まだ、分かんないよ。」
「第一印象よ。」
「気が強いけど、美人だと思ったよ。」
保の顔が少し赤くなり、香はその顔を見つめた。
「お母さんはモテるのよ。だけど、私のことを気にして、言い寄られても断っていたの。だけど、そろそろ、お母さんも独り立ちしなきゃだめね。先生は、合格よ。せっかく出会った機会を無駄にしちゃだめよ。」
「お母さんは、美人過ぎて、俺には合わないよ。」
「熱帯魚よりウミウシを好きになる人もいるのよ。私もウミウシ好きになっちゃった。まだ、電話かかってないけど、私の部屋に行きましょう。」
ワンフロア上の香のマンションに入った。同じ間取りだが、女性二人暮らしの室内は、明るくて華やかだった。玄関には紫陽花とフェルメールの真珠の首飾りの乙女の複製画が飾られていた。
ダイニングキッチンで響子さんは料理を作っていて、直ぐにできるから、テーブルに座っていてと言うと、緑茶を淹れてくれた。マリメッコの花柄のエプロンが似合っていた。
香ちゃんがテーブルに料理を並べるのを手伝った。ポトフやサラダのような洋風の料理が出てくるとばかり思っていたら、和風の献立だった。焼き鮭、きんぴらごぼう、大根と人参の鱠、シラスと大根おろしだった。
響子さんが、わかめと豆腐の味噌汁、熱々のご飯を並べ終わるとテーブルの席についた。響子さんの召し上がれを合図に、三人一緒にいただきますと言った。
「今日のお米は、北海道の蘭越のおばあちゃんが送ってくれた『ゆめぴりか』。今は、炊飯器で直ぐに炊けるけど、昔は、かまどで一日に一度しか炊けなかったから、江戸では朝にご飯を炊いて、夜は冷や飯。関西では、夜にご飯を炊いて、朝はお茶漬けだったんですって。霧生さんはご存知でした。」
「いえ、初めてお聞きしました。」
「江戸では、お米を研いで一晩水に浸けて、朝炊いたの。水に浸けておくとオリゴ糖が増えて美味しくなるんです。それに、ガンマアミノ酸が増えて、イライラを防いだり、中性脂肪を減らしてくれるの。今日は、時間がなかったので、残念ながらお急ぎ炊飯なの。」
香ちゃんが、焼き鮭にお箸をつけようとしたら、響子さんが睨んだ。
「香、和食のお箸をつける順番は、鱠に始まって鱠に終わるって言っているでしょ。」
「私は、好きな物から食べるタイプなの。きっと積極的なのね。焼鮭、中はふっくらとしていて、絶妙な焼き加減ね。」
「鮭の身の赤い色は厄除けや金運のしるしだから、関東や東北では正月には欠かせなかったの。赤い色の色素はアスタキサンチンで老化を防ぐ力があって、人参のカロチンと比べると何百倍もの老化防止効果があるの。鮭のドコサヘキサエン酸は認知症の予防にもなるのよ。」
「美味しかったら、それでいいんじゃない。」
響子さんと香ちゃんは、毎日、こんな会話をしながら、ご飯を食べているのだろうか。栄養学の授業を受けているようだった。
「霧生さんは、お味噌汁の具は何が好きなの?」
「豆腐と揚げの味噌汁が好きです。」
「それは、大豆が被ってもったいない組み合わせね。大豆に含まれるトリプトファンは幸福感をもたらすセロトニンを生成する材料なの。豆腐とわかめとか、お揚げと大根の組み合わせの方がバランスがとれていいと思います。」
「今度から、そうします。お母さんは、料理にお詳しいですね。」
「最近は、成人病が増えていて、食事の指導もしなくてはいけないので、美味しいかどうかより先に、栄養を考えてしまう職業病なんです。霧生さんの食生活も診断してあげます。先週の夕飯は何を食べられたんですか。」
「月曜日は釜揚げうどん、火曜日はざるうどん、水曜日はきつねうどん、木曜日は釜玉、金曜日は、また、釜揚げうどん、土曜日は焼肉にしました。」
「うどんばかりですね。」
「いえ、うどんと一緒におにぎりや稲荷寿司も食べてます。」
「炭水化物ばかりじゃないですか。身体に悪いですね。糖尿病になっちゃいますよ。」
「香川県が、糖尿病ワースト県と呼ばれていることは知っています。しかし、香川県民は、糖尿病が怖くてうどんが食べられるかと、意に介していません。糖尿病よりうどんです。」
「それは、間違っているんじゃないでしょうか。うどんと野菜も一緒に食べた方がいいです。」
「ええ、トッピングで茄子の天ぷらやさつま芋の天ぷらをのせています。」
「それでは、脂質が増えちゃいます。ホウレンソウや小松菜のように青物を食べなやきゃだめです。」
「それは、できない相談です。うどん屋には揚げ物とおでんしか置いてません。それに、うどんとおひたしは合いませんね。」
「うどんを食べる回数を減らしたらいいんじゃないですか。」
「それは、パンダに笹を食うなと言ったり、コアラにユーカリの葉を食べずにほうれん草を食べろと言っているのと一緒で、動物虐待になります。」
「霧生さんは動物じゃないでしょ。」
「分類学の創始者はアリストテレスですが、ギリシャ時代からホモサピエンスは動物に分類されています。」
「呆れましたわ。こんな頑固な患者さんは初めて。」
「僕は、患者になった覚えはありません。精神には問題があるかもしれませんが、肉体は健全です。土日は10kmジョギングしてます。足りないのは鉄分だけです。」
「疲れたから、先に、休ませてもらいます。香、食べ終わったら片付けておいてね。」そう言うと響子さんはダイニングルームを出て行った。
香ちゃんに、「鮭美味しいね。」と言ったら、香ちゃんは頬杖をついて、僕の顔を見るとむすっとした。
(fin)
すみだ水族館に、ウミウシはいなさそうです。今度、確認に行ってきます。江ノ島水族館まで行かないとみられなさそうです。それなら、勝浦あたりで自然のウミウシを探した方が、水着ギャルも見ることが出来て、楽しいかもしれません。磯には、釣り人しかいないかな。
あずささん
お酒を飲まないので、焼き鳥屋に行く機会が滅多にないのですが、高円寺の商店街に店頭売り専門の焼き鳥屋さんがあるので買ってみます。レバーだけじゃなくてねぎま美味しいですね。豚串もベーコンミニトマトもシシトウもいいですね。
鉄分補給焼き鳥のレバーだったら1本で大丈夫みたいですよ
ジョギング中に貧血で倒れないようにしてくださいね
↓すみだ水族館の年間パスポート持ってます。
といっても、まだ2回しか行ってないんですけど。
色んな種類のクラゲや金魚がいて、幻想的で美しかったです♪
沖人さんも、行かれたことがあったんですね^^
ウミウシは…あれ?いましたっけ??見落としてました;;
私も趣味を通じて、親世代を通り越して祖父母世代の方々とも仲良くなりますが、年齢差があったほうが学べることも多くて楽しいですね。
沖人さんも、香ちゃん達のような素敵な交流がありますように(*^^*)
ピュローランドも楽しいと思いますが、水族館も和める場所だと思います。ピュローランドは、おっさんにはハードルが高いですが、水族館だと大丈夫です。ソラマチの戦国ショップのついでに、すみだ水族館に立ち寄るのもいいかもしれません。最近は、展示に工夫が凝らされていて見ていても楽しいし、クラゲも人気です。ふわふわ、ゆらゆら、身を任せる姿を眺めていたら、心が和むのは間違いなしです。気をつけないといけないのは、ウミウシとアメフラシは別の種に分類されることもあります。じっくり眺めて、違いを見極めてください。世に知られていない人物にスポットを当てる探求心で、是非、観察してください。香ちゃんのいいところは、父親ほど歳の違うおっさんにも、ものおじせず接することのできて、まっさらな目で見ることができる素直な心を持っているところでしょう。
遅れましたが、続きを拝見です^^
そういえば、ウミウシってよく見たことなかったな~と思って、画像検索してみたら、すごくカラフルで種類も豊富!
これは確かに可愛いかも。水槽が華やかになりそうですね♪
保さんの
「誰からも相手にされていなかった可哀そうな生き物だから」
という心理は、何となく共感できますね。
私も、世に知られてない非業の人物にスポットを当てたくなりますv
響子さんにも、何となく共感できるような…それにしても耳が痛い~^^;
美味しいかどうかより栄養を考えてしまうのは、私も職業病ですね。
香ちゃんのような柔軟性を身につけねば。
あ、でも私『源氏物語』より『落窪物語』派です。
うどんばかり食べている割に、相変わらず栄養学の知識も豊富な作者様ですね。
それをぜひ、日々の食卓にも活かせますように。
もうすぐ健診結果も出ると思うので、申告をお忘れなく^^
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、という言葉がありますが、せっかく香ちゃんから合格のお墨付きを貰ったのに…
本当のお父さんになれる日が、遠のいてしまいましたね。
前回のお返事で、香ちゃんのほうが好みだ、とおっしゃる作者様の深層心理が働いた結果でしょうか。
完結してしまいましたが、やっぱり続きが気になる面白いお話でした(*^^*)
「最初にご飯を二口食べて、次に、汁物の汁を吸い、具を食べる。」。これが、多数派でした。ちなみに、漬物は、お茶漬けを食べるときまで、食べちゃだめ。食べたら、料理がまずいということの意思表示だとか、おかずを食べておかずを食べるのはだめ。おかず、ごはん、おかずじゃなきゃでめと、炭水化物ダイエットが不可能になるような厳しい見解もありました。ちなみに、なぜ、最初にご飯を食べるのかは、日本は稲作の国だからという、ほんとかなという理由が書かれていました。
僕は、女性と喧嘩できるほど、勇気はありません。お皿、あらいましょうか。キッチンは、重曹で洗うと綺麗になりますよ。よかったら、床拭きもしましょうかと、下僕のようになっているでしょう。
環謝さん
よく気が付きました。自分でも、どっちがどっちか分からなくなってました。読者の期待に応えて、急いで書かなきゃと頑張ったと思って、許してくださいね。
さなちゃん
これ以上、ウミウシの知識がないのだ。この夏、磯遊びをして、ウミウシの観察でもしなければ、続きはかけないのだ。松坂牛も神戸牛も食べたことがないので、書けないのだ。
みーぴこさん
一口コンロしかないから、手の込んだ料理が作れないのです。かけうどんを作るときにも、鍋をとっかえひっかけ大変なのです。鍋も圧力なべとミルクパンしかなくて、苦労しています。
Clefさん
女医さんも看護師さんも大好きです。できれば、スイーツ作りとパン作りで炭水化物まみれになっているので、栄養指導や運動指導をしてくれる方がいいですね。
オレンジ先生
些細なことにも拘ってしまう学者肌なんでしょうか。僕は、こだわりはありません。散髪に行っても、好きにしてくださいと頼みます。そしたら、現在、超短髪になってしまいました。
蓮さん
そうなんです。鉄分補給をしなければいけないのです。レバニラにも挑戦しましたが、美味しく作れませんでした。小松菜だったら、インスタントラーメンに入れてもいいですね。
リンゴさん
でしょ。びっくりするほど、可愛い姿ですね。南の透きとおったサンゴ礁で見つけたら、感動しますね。でも、2mくらいの大きさだったら、怪獣になるかもしれません。
たまちゃん
玉ねぎと玉子の味噌汁が好きですね。ごはんにかけたら、そのままメインディッシュになります。関東はなぜ、朝、ご飯を炊くんだろう。夜遊びして家でご飯を食べない人が多かったのかな。
mさん
蘭越はニセコの隣です。ニセコは外国人観光客が増えて、ここ数年、全国で一番地価上昇率が高かったところです。公用語が英語のホテルもあります。
aiさん
「なます」ではじまって「なます」で終わるは、大正15年に発行された本に書いていたんですが、「なます」が出てないときはどうするんだろうと思って、再度、和食の作法を調べ直してみると、お膳で最初に箸をつけるのは、「ご飯」が多数派でした。
続きがありそうですね!?
純和食ですね…健康的でよさそうです。
なますで始まってなますで終わるには意味があるんですか?
いろいろ勉強になります!
北海道の蘭越・・・なんでもよくご存じですねぇ
出血大サービス、ありがとうございました。
香ちゃんの思惑とは逆の言動をおじさんは取ってしまいましたが、
これはこれで大人の恋愛作戦みたいで、実はこの後いい方向に・・・(エンドレス)
江戸と関西のお米の炊き方が違うって、初めて知りました~
炊きたてご飯、おいしいですよね~~~
またもや新しい発見でした('_')!すごい可愛い
響子さんも保さんも専門分野が詳しすぎて、二人の境界線にフェンスが;;
香ちゃんの為にも一歩譲るのはどうでしょうか( *´艸`)
響子さんの言う通り、小松菜食べましょうよ。鉄分補給は大切ですよ。
きつねうどんに小松菜入れたらいいんじゃないでしょうか?
響子さんも保さんも
似たもの同士・・・。
確かに医者は栄養学の知識をもっているかもしれませんが、私の主治医はそう細かくは
言ってくれませんよ、管理栄養士さんにお任せって感じです(笑)
沖人さんは女医さんもいいんですね~wストライクゾーンが広いw
私も昔はお医者さんを好きになったこともありましたが、今思うと
医者がパートナーだと大変だなぁ、とつくづく思ってしまいます^^;
また多彩な恋愛小説、楽しみにしています^^
いえいえ 保さん。
響子さんの言う通り ホウレンソウや小松菜を入れて
おうどん食べたら 鉄分も少しは補えるのでは?w
ここから徐々に心の距離が縮まっていくパターンでしょ?ww
香ちゃんのお父さんに早くなれるといいですねwww
お名前が混乱してます(´・ω・`)
響子ちゃんが鮭に手をつけようとしたら、響子さんが…あれ??
沖人さん、読者の期待に応えてくれてとっても嬉しいけど、少し慌てすぎです!
なんだか私に似て来ましたね!!(笑)
霧生さんのモデルはやっぱり沖人さんでしたね。
ちょっと頑固さをまげないと響子さんに嫌われちゃいますよ。
いろいろ勉強になるお話しありがとうございました!