Nicotto Town



読者サービス(完)

顔を洗い、リビングに入ると、栗子がジャージを着て、ソファーに座っていた。どうしたのと聞くと、栗子は、母に借りたと答えた。台所から、「栗子さん、蜜柑の収穫を手伝ってくれるんだって。」と母の声がした。

朝ご飯を食べ、軽トラに道具を積みこみ、出かけようとすると父が出てきた。
「今日は、天気がええわ。作業がはかどりそうやの。」
「あんたは、ここにおりまい。」

「なんでや、猫の手も借りたいときやのに。」
「ええけん、ここにおりまい。温泉でも行ってきまい。」
父は、今日も温泉に追い払われた。

栗子を助手席に乗せ、みかん畑に向かった。蜜柑を鋏で切り離し、コンテナに入れる。コンテナがいっぱいになると、自走式の作業車に乗せ、農道に止めてある軽トラまで運ぶ。午前中の作業が終わると軽トラ3往復分の蜜柑が収穫できた。

栗子と木陰になっている石垣に座り、冷たいお茶をのんだ。
「蜜柑の木って、山の斜面に、そのまま植えられていると思ったら、違うのね。段々畑にして、平らなところに植えられているのね。」
「斜面だと、背負って運ばないといけないから、人手が必要になるんです。今は、平らにして作業道を付けて、エンジンのついた台車で運んでます。それでも、大変なんですよ。」

「健一君は、どうして結婚しないの?」
「蜜柑は生産過剰で儲からないんです。一町歩のミカン畑で500万円くらいにしかならなくて、経費を除いたら、残るのは、いいとこ半分。レモンも作っているから、食べていけるけど、台風や大雨の心配もあります。10アールあたりの蜜柑畑の年間作業時間は200時間くらいで、同じ面積の米だと30時間です。果物は手間がかかるんです。夏はレモンの収穫、秋から冬は蜜柑の収穫で休みがなくて、こんなんじゃ、誰も、嫁さんになんてきてくれないですよ。」

「それで、お母さんは、町に出てもいいって言っているのね。」
「みかん畑、綺麗だと思いませんか。麓から中腹まで続く段々畑。この石垣、誰が積んだんだろうと思いますよね。日本書紀にも蜜柑栽培のことが書かれているんです。僕は、この景色が好きだし、みかんづくりが好きなんです。だけど、嫁さんに苦労をさせたいとは思わないから、一人でいいんです。」

「そうかな?お母さんは、とても幸せそうに感じるわ。それに、とてもいい人。キャバクラのママって聞いたら、普通は嫌な顔をするわ。それに、年上のバツイチよ。それなのに、手間暇かけた料理まで作ってくれて、涙がでちゃったわ。」
「お昼ごはんにしましょう。」

車で10分も走れば、家に戻れるけど、栗おこわのおにぎり、じゃこ天と漬物の簡単なお弁当を母が作ってくれていた。

「この栗甘いね~、お日様の下で食べると美味しいし、遠足みたい。」
ゆでた栗だと糖度は6度くらい、皮を剥く手間がかかるが、蒸すと、甘栗と同じ糖度は10度になる。氷温熟成させた信州の栗だと糖度は15度にもなる。

お昼ごはんを食べ終えて、坂道のアスファルトの上に、二人で寝転がって休憩した。山の頂に、綿雲が浮かんでいた。

「坂の上の雲って、本があったよね。こんな感じじゃない。」
「『のぼっていゆく坂の上の青い天に、もし一朶の白い雲が輝いているとすれば、それのみを見つめて坂を登ってゆくであろう』ですね。」

「一朶(いちだ)の雲って何?」
「ひとかたまりの雲という意味です。」

「健一君、物知りね。」
「雨の日は、作業が出来なくて、ひきこもって、本を読んだりやネットばかりしているから。」

「本は読んだことないけど、秋山好古に真之、正岡子規は松山の英雄よね。ドラマのモッ君かっこよかったわ。」
「正岡子規は大食いなんですよ、朝、昼、晩とご飯4杯ずつ、おやつに菓子パン10個食べてます。僕も、毎日、シュークリームを食べてますが、正岡子規には脱帽です。」

「えっ、ドラマの香川照之は痩せていたわよ。夏目漱石は小澤征悦が演じてたわね。『いだてん』にも出てたわ。」
「今年は、大河を見てなくて分からないです。」

「そうなんだ。夏目漱石も、松山と関りがあるわね。『ぼっちゃん』は読んだわよ。でも、高校の教科書に載っていた『心』は暗いわね。」
「友人Kも先生も死んじゃいましたからね。」

「漱石が何を言いたかったのか、ちっともわからないわ。」
「明治精神の終焉と再生、自己の確立なんだと思います。」

「難しいわ。明治精神って何。」
「坂の上の雲にもかかれたように、明治の頃は、若者たちの理想に向かって努力すれば幸せになれるという楽天的な気持ちが、近代国家として生まれたばかりの日本と軌を一にしていたんです。漱石も若い頃は理想家で楽天家でした。それが、学習院の英語講師に就職できるとタカをくくっていたら、採用されたのは、今治出身の重見周吉だったんです。プライドが傷つき、精神を崩していきます。自己が確立していない、他者に依存しているかつての自分を明治精神に重ねたんだと思います。」

「もっと難しいわ。漱石は、今治と関りがあったのね。」
「その後、松山の尋常中学の英語教師に赴任して回復するので、愛媛はプラスマイナスゼロです。」

「そうね。瀬戸内の穏やかな気候と島々の景色を見ていたら、元気になるわね。美味しいものもたくさんあるし。健一君、みかんもらっていい?」

二人で、有田むきをして蜜柑を食べた。
「お父さん、今頃、何をしてるのかな。」
「今治のコンビニに行っているんじゃないでしょうか。」

「健一君、蜜柑づくり楽しい?」
「楽しいというより、やりがいがあります。茹で栗より蒸し栗の方が甘いように、手をかければかけただけ、美味しい蜜柑になります。明治の頃のように頑張ればなんとかなる時代じゃなくなりましたが、蜜柑づくりは頑張れば、頑張るだけ、ちゃんと応えてくれます。」

「いいね。私も蜜柑づくりをしたくなっちゃった。この島も好き。健一君は、どんな女性が好きなの?
「色白で、美しい目をした美人で、教養があって、時代の枠を超える面と、その時代に応じる日本女性らしさを持っている人です。」

「それは、漱石の理想とした女性ね。ほんとは。」
「おっぱいの大きい女性です。」

「お父さんと一緒ね。私は?」
「ぎりぎりセーフです。」

栗子は、バカと言うと、健一に唇を重ねた。抱きしめ合いながら、息を止めていることができないくらい長く、そして蜜柑味の甘い口づけになった。

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2021/05/09 00:27
アリスさん
自分で書いて、どんな話かすっかり忘れていました。きっかけは、蜜柑の季節だったからでしょう。
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2021/05/08 10:21
これを、読んだよ。
いいお話だったよ。
歴史や文学の勉強にも、なるよ。
ハッピーエンドで良かったよ。
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2019/11/20 08:43
スズランさん
キスまでしたから、二人は大丈夫でしょう。あとは、栗子さんがミカンばたけを栗林に変えようとしなければ幸せになると思います。
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2019/11/19 15:29
色々勉強にもなりました。
楽しかったです。
栗子さんと上手くいきそうな予感で終わるのが良いですねd(^・^*)
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2019/11/18 21:44
cherryさん
健一君は、蜜柑味で美味しかったと思います。四国に行った時は、松山ぼっちゃん空港の蛇口をひねって、ポンジュースを飲んでください。
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2019/11/17 22:51
健一くん、栗子さんにたべられちゃいましたね。
ナイスな展開、ありがとうございました♪
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2019/11/17 15:46
ゆりかちゃん
漱石の凄いところは、日本的な思想を大事にしながら、西洋の近代的な思想を受け入れ、日本の心と個人主義を融合させていったところです。「私の個人主義」は必読の書と言っていいでしょう。ゆりかちゃんは、自分なりの考え方、自己が確立しているので、後は、勝頼を反面教師とし、老人の意見を受け入れる包容力が備われば、数か国を治めることもたやすいことでしょう。
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2019/11/17 09:26
↓とても詳しい解説、ありがとうございます^^
沖人さんは、夏目漱石が大好きなんですね!
漱石の心の内まで分析できちゃうくらいですし。すごい!
私は明治以降の歴史はさっぱりで、全然知らなかったです。

清さんは、夏目漱石にベタ惚れだったかもしれませんが、もし現代に生まれていたら、家事も万能な沖人さんみたいな人と結婚したら良かったかも♪
そんな清さんでも、漱石とは仲睦まじい夫婦だったようで、お互いに支え合える関係って素敵ですねv

コメントも感謝。
信長パパまでコンビニに走らせちゃうなんて…沖人さんの文章表現には、いつも良い意味で笑わせて頂いております。
いつの時代も、父親は息子のためなら頑張りますね(*^^*)
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2019/11/16 20:54
れんげさん
「自分を信じられずに、離れて行く者を決して引き止めることはしない。自分を信じて頼ってくる者は、どんな人間でも拒まない。その人の心に任せて、決して無理強いはしないということ。」さすが、孟子、ためになります。自分もその精神で行こうと思います。TPP以上に、門戸を広く開放します。
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2019/11/16 20:27
楽しかったです♪
健一は、来るもの拒まず、、そしてまた 去る者は追わず、、の性分と推察します。
栗子さんが、なるべく長く羽根を休めてくれると良いですね^^

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2019/11/16 10:40
ゆりかちゃん
漱石の奥さん「清さん」は、悪妻と言われていますが、そうじゃないと思います。裕福なので学校に通わずに家庭教師に教育を受けるような典型的なお嬢さんなので、自由快活です。しかし、家事が苦手で料理は好きでないし、朝寝坊してご飯を作らないこともしばしば。

しかし、一目ぼれしたイケメン漱石のことを愛し続けます。当時は、武家社会を受けついだ家社会です。明治民法では社会の基本は、現代の個人を単位をするのではなく、家が単位になっています。戸長が家を残すことと面倒を見ることの義務を負う反面、絶対的な権力を持ちます。女性の自由恋愛は禁止と言っていい状態です。戸長の言うままに結婚するのが普通だった時代。漱石と清も見合いです。

漱石はそのような家制度が好きだったとは思いません。三四郎の中で美祢子に「夫として尊敬できない人の所へは始から行く気はないんだから」と言わせています。

清は、一目で漱石が好きになります。漱石も清が好きです。清は、裏表がなく、行動を損か得かどうかで判断するのではなく、いいか悪いかで判断し、漱石を全面的に信じます。例えば、漱石自身が生活に苦しいのに、教え子に金を無心されたら、ぽんと漱石にお金を渡します。

清が神経衰弱になったときは、漱石は清と手首を糸で結んで一緒に寝ます。お互いが苦しい時には助け合いながら、二男五女をもうけています。漱石は、誰よりも時代の先が見え、天才ゆへに、平凡が支配する社会との摩擦も多く、精神的に苦しかったと思います。それを支え続けたの清だと思います。
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2019/11/16 06:32
ひろあきさん
作風を維持する観点から、当初の構想では、栗子さんの告白を、健一は、彼女なんていらない、ニコタで十分と断る予定でした。しかし、唐突すぎて。そこにもっていくことが出来ず、ハッピーエンドになってしまいました。作者としては、力量不足を感じたところです。

環謝さん
高級食パンは、高くて買えません。生クリームをふんだんに使うなんて贅沢です。小麦粉、イースト、塩、水だけで焼く、カッチカチのパンを愛でなければいけません。暇だから、カチカチパンを焼こうかな。

たまちゃん
マロンフェス三昧をしていたのですね。羨ましい。今シーズン、栗おこわと180円のモンブランしか食べてない。食べた気になっていたのは、ハロウィンのパンプキンスイーツと混同していたからだ。パン屋に急ごう。

つん
栗農園だったら、舞台が小布施あたりになりますね。夏目漱石でなくて、島崎藤村あたりに登場してもらわないといけない。まだあげそめし黒髪にの〜と初恋ですね。純情ものだとお父さんが登場できません。
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2019/11/16 06:31
沖人さんのことだから、どんでん返しがあると思ったけど、ハッピーエンドだった ~o(≧▽≦)o
こんなにストレートな恋愛小説は珍しいですねv
産みの親(?)として、子どもが真っ直ぐに育ってくれたのは嬉しい♪♪
(私、ミカン畑に行っただけですが)

勿論、いつもの哀愁漂う感じも大好きですよ^^
どんな甘党でも、甘いものが続けば辛いものも食べたくなる。逆もしかりです。
バランス良く、これからも素敵な小説を書いて頂けると大喜びしますv

お母さんの功績が大きいですね!
あ、でもきっかけを作ってくれたお父さんもお手柄?追い払われちゃったけど^^;
夏目漱石って、そんな女性を理想としてたのですか。知らなかった~。
奥様はその通りの人だったのかな。

読者サービスして頂き、ありがとうございました。
すごくすごく面白かったです(*^^*)
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2019/11/15 22:55
うふw 健一さんやったね!(。→‿◕。)☆*

作者の栗に対する強い思いが一瞬、「栗農園」だっけ?
と勘違いしてしまうほど 熱かったですw

ありがとうございました♪
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2019/11/15 21:52
ハッピーエンドだ~♪
調理法によって、栗の糖度ってそんなに変わるんですか!
マロンフェスで忙しい割には、全然知りませんでした。
今月末でだいたい世の中のマロンフェスは終わります。
寂しいような、ちょっとほっとするような。
栗で増えた体重を、来月は戻さなくちゃ・・・お歳暮、クリスマス、お正月。無理だな^^;
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2019/11/15 20:55
作者も忘れるほどの少ないハッピーエンドて。。。( ノД`)シクシク…
読者サービスっていうタイトルついてるくらいなので 沖人さんが探してきて
教えてくださいませ(*´艸`)フフ

あ、生食パン美味しかったです!!
大阪にある嵜本っていうお店のでしたよ^^
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2019/11/15 20:42
やっぱりハッピーエンドは読後感が良いですよね~。
ただこの二人にどんな結婚生活が待っているのか?
それもなんだか楽しみです。
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2019/11/15 20:36
環謝さん
これまでも、ハッピーエンドはあったはずです。作者が忘れるくらいなので、出来は良くないと思いますが、今から、全日記のチェックして、ハッピーエンドを発見しましょう。

リンゴさん
手元に資料がないので、曖昧な記憶なのですが、好きな人ができたら自分から告白するかどうかのアンケートの結果、女子の方が男子より積極的だったはずです。肉食系女子増加という記事でした。

ろくさん
職場でも、休憩中でも、是非読んでください。読者数が少ないので、二回、三回と繰り返し読みましょう。お父ちゃんのことなので、1ダースは買ってきたと思います。
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2019/11/15 15:49
どおぉぉぉおおあああぁ!
昼間に読むんじゃなかった。いや、職場で休憩中に読むものじゃなかった。今治のコンビニ行った父、いらんもん買ってくるなよ!wと思ったけど、買ってき…いやいやまだいらん。ていうか父親が用意するもんじゃない。
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2019/11/15 13:56
( ゚Д゚)ワァァァァ・・・!
ハッピーエンドですね!
結婚するかしないかは置いといて
グイグイくる女性に弱いんだろうなぁ健一くん^^b
お父さんは功労賞だわ♪
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2019/11/15 10:39
(ノ゜ρ゜)ノ ォォォ・・ォ・・ォ・・・・
初のハッピーエンド???
健一よりも栗子さんのほうが積極的なんですね(*ノノ)キャ
長編(^ー^)お疲れ様でしたぁ~♪




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