Birth Day
- カテゴリ:自作小説
- 2019/12/09 00:00:22
木枯らしに吹かれながら、神保町の古書店街を歩いていた。フランスやウィーンの菓子作りの本を探していたら、店先のワゴンにアイドル雑誌の「明星」や「近代映画」が置かれていた。表紙のアイドルの笑顔に惹かれて、一冊手に取った。
近くの喫茶店「さぼうる」に入りページを開くと、往年のアイドルと喫茶店の古びた調度で80年代に迷い込んだような懐かしさを感じた。グラビアの松本伊代も早見優も今とちっとも変わらないと思いながらページをめくっていくと、読者のページにペンパル募集のコーナーがあった。
僕は、煙草に火をつけて、自分の名前がないか、ページを探した。高校に入った頃、その雑誌に、『〇〇のファンです。ファンの方文通しませんか。男女は問いません。』と投稿した。本当は女子の方が良かったけど、恥ずかしくてそう書いた。
しばらくすると編集部から、手紙が転送されてきた。同じ県内の女子高生だった。カフカが恋人フェリーチェからの手紙をポケットに入れて持ち歩いていたように、僕もその手紙を何度も眺め、宝物のように扱った。
最初の頃の由香との手紙のやりとは、アイドルの新曲やテレビで見たときの感想だったが、何度か文通をするうちに、手紙の内容は、学校での出来事や最近読んだ本の感想に変わっていった。
最初の頃は、お互いに月に一回手紙を出すくらいの頻度だったが、半年が過ぎると、毎週、手紙を書くようになった。本の感想を書いていたのが、由香に手紙を出すために本を読むようになり、僕の頭は、いつも、手紙に何を書こうかということを考えていた。
毎日郵便受けを確かめるようになり、由香からの手紙が半月も届かないと、僕は不安で堪らなくなった。カフカはフェリーチェに「手紙での出会いはなんと無益なことでしょうか。ちょうど海に隔てられた二人が、岸辺でパチャパチャやっているようなものです。」と書いたが、本心は違う。
カフカにとって文通は、恋愛関係の代用品ではなく、生きるために不可欠なものだった。僕も同じで、彼女を恋い慕っていたが、由香に書いた手紙には、そっけない出来事や感想ばかりつづっていた。
毎晩、ベットの中で彼女からの手紙を読み返していた。それだけで、幸福感に包まれていたが、彼女に会いたいという気持ちが募ってきた。ヘルマン・ヘッセは生涯に3万5千通の手紙を書いたが、僕は、数万通の手紙より彼女に一度会いたかった。
文通を初めて、一年と少しが過ぎた頃に、彼女への手紙にアイドルのコンサートチケットを入れて、一緒に行きませんかと誘った。コンサートの日は、彼女の誕生だったので、プレゼントにかこつけて思い切った。
彼女の返事が届くまで、不安で堪らなかったが、彼女からは「ありがとう」という返事が届いた。
それから、僕からの手紙には、彼女に対する想いが溢れるようになり、それに、反して、彼女からの手紙には、戸惑いや僕に対する疑念が感じられるようになっていった。
どうしてこんな風になったのか、僕には理由が分からなかった。お互いが不可欠な存在だと思っていたはずなのに、たった一つの出来事から、磁石がはじき合うように近づけなくなった。
Byronは、メールでのコミュニケーションの受け手は、送り手が込めた感情をよりネガティブな方向で受け取ってしまう。メールやSNSは身振りや表情が伝わらないため、意図したコミュニケーションが上手く伝わらないと指摘している。
文通も同じかもしれない。一度ネガティブに捉えると、お互いの言葉が、深い井戸の底に吸い込まれていき、コンサートの一週間前に彼女との文通は終わった。
「ノルウェイの森」の主人公のような想いだった。一度は受け入れられたと思っていたのに、直子に拒絶されてしまう。主人公のワタナベトウルには緑がいて、彼女に、「世界中に君以外に求めるものは何もない、何もかもを君と二人で最初から始めたい。」と言った。
僕には緑がいなかった。心の中にぽっかりと、由香がいなくなった穴が開いてしまった。突然、理由も分からず開いてしまったその穴を埋められないまま、この歳まで過ごしてきた。埋められなかったのでなく、埋めたくなかった。彼女がいつか戻ってくると期待していた。
雑誌のページを閉じた。今日は彼女の誕生日だ。Style's Cakes & Co.でバースデーケーキを買って帰ることにした。
https://www.stylescakes.com/xmas.php
※タルトに盛り過ぎだと思う
切ない思い出ですね。きっと、お互いに相手のことを大切にしようと思いながら、傷つけたり、喧嘩をしてしまう。相手の方は、鈍感なのか、恋愛経験が少ないからなのか、不安になるとぷくっと、はりせんぼんのように膨れて、岩場の奥に隠れてしまうのでしょう【「はりせんぼん」を参照】。お互いに内面まで打ち明けられるのは、信頼していて、大好きな証拠です。お互いに不可欠な人ならば、また、出会うこともあるでしょう。
素敵なお話ですね。
お子様だった頃、好きだった人と喧嘩して、仲直り出来たら勇気を出して会いに行こう!
と、手紙を書いたけど、さらっとかわされ渡せず終い…
そんな当時の記憶が蘇ってきて、思わず涙がT_T
今では兄のように慕っているので、手紙と共に良い思い出ですけどねv
文字だけのコミュニケーションだと、誤解や上手く伝わらないこともありますが、目に見えないからこそ表面に捉われず、深く内面を理解し合える所もあると思います。
いつか由香さんも、ひょっこり戻ってこれると良いですね^^
本当に涙が出てきちゃうほど感動しました。
楽しい時間をありがとう!
これからも、沖人さんの素敵な小説を楽しみに、ファンとして応援してます(*^^*)
独身ですが、それが理由ではありません。引きこもりのアニメオタクのおっさんであることが理由だと思われます。
いまだに誕生日も覚えていてずっと沖人さん彼女と一緒なんですね
若かりし頃は、告白と言えばラブレターですね。しかし、自分は字が下手なので、ラブレターをかけませんでした。新聞の文字を切り貼りすれば、よかったのかな。
ろくさん
カットしようとするところが間違いです。かぶりつく。親しい間柄なら、かじった跡も気になりません。鼻にクリームが付いたら、トナカイになっちゃったと言えば、可愛さ倍増です。
リンゴさん
告白を科学する論文を読みましたが、ただ、告白するより、プレゼントを添えるのが効果的なようです。女性は、告白の真剣さをプレゼントの重みで測ると書かれていました。鉛の球を買ってきます。
たまちゃん
文通のホームページを見たら、相手に住所を知らせずに文通できるシステムになっていた。それならば、メールやラインでいいと思うけど、日本郵政様が納得しないのでしょうか。
つん
そう、男子は手紙だけだと満足出来ない。一緒に、信長の野望をしたり、麻雀したり、激辛チャレンジをしたくなります。やはり、二人で盛り上がれるのは、将棋でしょう。
yonaさん
亘君のことを、よく覚えてましたね。返事をしないなんて失礼ですね。恋人がいる時に、ラブレターをもらって、傷つけなように書こうとすると、中途半端に優しくなったりして、逆に傷つけてしまうらかもしれません。そんな時は、返事を出さない。そんな男の優しさもあるかもしれません。
環謝さん
創作が実体験だったら、これまで980回くらい振られて、ギネス級のモテない男になってしまいます。モテないのは当たってますが、四国一くらいだと思います。世界チャンプを目指して頑張ります。
いつものお話の切ないラストはこの経験からなんでしょうか?
急いてはことを仕損じる、の言葉通りになっちゃったんですね、でも気持ちが盛り上がっちゃうと会いたいとかの気持ちが膨らんでしまうのは、あるあるですが、2人のことだからタイミングが難しい。
ケーキ(タルト)すごい!盛りがいい!!
うちの店のテナントにもフルーツ盛り盛りのタルトのケーキ屋さんあります!
見てるだけでもすごく綺麗で幸せな気持ちになりますね♪
自分では買わないけど、もらったらうれしいです♪
ペンパル、一度だけチャレンジしたことがありますが、お返事はいただけませんでした。
亘くんという名前の年上の男の子へお手紙出したのです。
思いだせて、自分でもびっくりです!
その盛り過ぎなところがいいんじゃないですかぁ~
夢いっぱいw おいしさいっぱいw
可愛いイチゴちゃんに心惹かれます~♥
うぅ~(๑◔‿◔๑)ん~…
さては・・・沖人さんの実話でしょ?
文通ではないけど ポケベルの時代もそんなことはありましたねぇ~
今だとやっぱりSNSなのかな?
いつの時代も男子はすぐに 顔を見たくなって、声を聴きたくなって、会いたくなるw
もう少し女子の気持ちに歩調を合わせてくれないと逃げちゃうぞw
またご無沙汰してしまってます、神保町。
ちょっと行かないと、すぐ変わっちゃいますね。
昔は今ほど個人情報にうるさくなかったから、
ペンパル募集で住所・氏名等を堂々と公開してましたね。いい時代だったな~
更に想像力が膨らみますよね。
こういうやり取りって、女性から言い出さないと、
なかなか成立しない時代だったんじゃないかなと思いました。
今やLineで気軽に会うし、年賀状もネット投函だったりするので、
想像力の乏しい時代になったなあとしみじみ思ったりします(*´ω`*)・・・
伝えることも伝えられることも、その時の心のタイミングのズレがあると。。
難しいですね。
人とのつながりでさえあることなので、まして恋愛となるともっと繊細な感情があるのかもしれません。
わたしもメールやり取りが主な友達いますけど、今はもうタルトどうやってカットしたらいいのかばかり考えちゃうw
身振りや表情
実際に顔を見て
話していても
うまく伝わらない事も
ありますよね。
でも好きという気持ちは
面と向かうよりも
素直に伝えられる気も・・・します^^