新年最初の父のお見舞い
- カテゴリ:日記
- 2020/01/03 23:52:41
今日は新年最初の父のお見舞いにいった。
年末と元旦と2日は年越しそば食ったり初詣やらで行けなかった。
父の状態は相変わらず。悪化てる訳でもなく見えるが、良くなってるわけでもなく。
相変わらずお見舞いにいくと寝ているか、ぐったりしているかのどちらか。
今日トイレから帰ってきた時の父を見たけど、キャスターついた点滴とかかけるやつ?を掴みながらではあるが、一応歩くことは出来ていた。
あと、会話をしているとそこそこ声がしっかり出せてる時もあった。
まあそれらは入院する前からそうなので、良くなったという訳でもない。
でも、ベッドで寝てばかりいると筋肉が落ちて歩けなくなる可能性もあるから、様子は見ておかないとな。
今日は、初詣に行った話とかを父にした。
病院ではお正月もとくにちょっと豪華な食事が出たりとかはないようだ。
大晦日に年越しそば…ならぬ年越しうどんは出たようだが。
私はあと休日が明日と明後日の2日しか残ってないので、とりあえず明日もまたお見舞いに行くことになった。
お見舞いが終わったあとは母と2人で近所の庭園にいった。
庭園といってもそんな大それたものじゃなくて、ちょっとした川や滝があったり、木々が植えられたりしてる、整備された小さな公園。
一応有料だが安い。
前々からその公園の存在は知ってたのだが、来る機会がなかった。
本当は昨日初詣が終わったら行こうか、と母と話していたのだけど、昨日はずっと並んでたせいか母が疲れていたようだったので、やめにして帰ってしまった。
なので今日行ったのだけど、まだ庭園を見るには季節がよくないね。花がひとつも咲いてない。
春とかに行けば桜が咲いてたりして綺麗なのかもしれないけど。
花は無かったけど、自然を感じられてとてもいい散歩コースだった。
でも、母と一緒に来たのは失敗だったと思った。
母は体力のないせいか、脚の筋肉が落ちたからなのか分からないけれど、転びやすいのだ。
庭園の道は自然を感じられるようにするためかコンクリートとかではなく、石畳や土でできた道が多い。
そこを歩くだけでも足元がおぼつかない感じに見えて、ちょっと不安だった。
庭園のメインっぽい場所に滝や川があって、私はそこを渡ろうとした。
川に大きな石が何個か置いてあって、そこを足場にして渡っていくという、よくある道。
これは母にはハードル高いかな?と思って「これ渡れる?大丈夫?」ときいたら「大丈夫」と返ってきたので渡ろうとしたら…
ある意味案の定というか、母は足場から踏み外して川に足が落ちてしまった。
落ちたといっても物凄く浅い川で、靴の底が濡れた程度で怪我もないのだけど、これは母にはやはり無理だと思って引き返した。
他の道も足元が不安なので出口へ向かうことにした。
出口へ向かう途中、休憩所みたいなところがあったので少しそこでまったりした。
自然の中でゆったり座れるっていいね。
今の母にはちょっとハードモードな庭園だったのだけど、一応、その庭園には何年か前に父と母2人で来ているはずなのだ。
その時にあの川を渡ったかは分からないけど、その時より体力等が落ちてるのは確実だろう。
ずっと気になってたあの庭園、家族と来たいとずっと思っていたのだけど、もうやめておいた方がよさそうだ。
あそこに限らず、出来るだけ平坦なコンクリートの道だけを歩いてもらう方がいいんだろうな。
年老いてない私にとってはなんでああなっちゃうのか全くわからないけどね。
筋肉が落ちてるから体のバランスを取りづらいのか?
そして、母本人に「大丈夫?」ってきいても、意味ないことが改めて思い知らされた。
反射的に大丈夫って言ってしまうんだろう。特に脳を手術済なので、何を言うにしても深く考えないんだろうから。
いつもそんな感じなんだよな。感覚でしか喋ってないから話が通じないことが沢山ある。
周りが外国語で会話してて何言ってるか分からないけど取り敢えずみんなが笑ってるから自分も笑っておく…みたいなことが母には多い。。
…ああ、これ以上は愚痴っぽくなるからもうやめよう。。