懐かしの想い出日記
- カテゴリ:日記
- 2020/09/10 01:36:15
懐かしの想い出日記
我が心の故郷は 遠きにありて思うもの
近くても 遠く 寄りがたいもの
誰にでも 故郷は ある? いや 無い人もいるでしょう
だから 故郷がある事 記憶がある事は 素晴らしい事なのです。
私の故郷は鼠ヶ関 現在 山形県鶴岡市大字
旧 山形県西田川郡温海町大字鼠ヶ関
港町 漁村 旧関所跡地 県境地 弁天島
源義経ゆかりの地 松尾芭蕉
知る人ぞ 少なかれ 2019年6月18日山形県沖地震 発生で
最近 知った方も いるかもしれません。
不思議な事ですが 私は 1964年6月16日 新潟地震を府屋で経験
しており 6月16日と6月18日 は日付としては近く
当日 偶然にも 数日前から夢を見ていたのでした・・・
その話は またの機会に 書くつもりでいます
鼠ヶ関の シンボル 弁天島があり
昔は完全に 海で離れた離島で 干潮時に歩いて渡れる島だった
私の現在 住んでいる神奈川県 藤沢市 江ノ島は
島の大きさ 全てが異なりますが どこか似ている?
いや 私が 記憶を重ねて しまう島なのです。
鼠ヶ関には 今ではマリンパーク鼠ヶ関があります
私の幼い頃は 海水浴場 キャンプ村 ビーチセンターくらいかな?
海水浴場には 木製のやぐらが設置され 飛び込み台
25m間隔の木製やぐら 臨海学校で遠泳をする生徒の姿
近くには川があり 1971年 成熟 関根恵子 篠田三郎 伴淳三郎
と言う映画で 神輿流しの際に神輿を担ぎ歩く川があって
私はその木製のやぐらの舌へ潜り 素手でモクズガニを捕まえたりして
遊んだ記憶があります 海水も綺麗で 稚魚の魚が沢山いました
夏のイベントでは 花火大会が行われ アナウンスで寄付した方が
放送されるのですが実家の名前が呼び出されるのを注意して聞いて
いた記憶があります
鼠ヶ関ビーチセンターでは 小動物 サルが飼育されていたり
1F 水族館で2F お土産 3F 宴会場 屋上 乗り物
そんな記憶が残っています。
狭い 場所にいた サルは ストレスで いつも暴れてました
水族館では 確か ウミガメがいたと思います
海水浴場では 海の家 アメリカンドック 玉こんにゃくが
売られていて 美味しかったなぁ ^^
本屋さんは無くて 駅の売店に少年ジャンプを買いに行ったけ
あと 雑貨屋さんで プラモデルを売っていて よく買いに行った
近くには 鯛もろこし という 土産品 お菓子 あった
あと町を歩いていると 店先で竹の串に カレイとか鯛が焼かれて
売られてたり イカの一夜干しがありました。
私は 海水浴場で遊ぶより 本家 実家のすぐ近くの磯場で
ヤスを持ち 魚を狙い 潜り 捕まえるのが好きでした
朝起きて 昼まで泳ぎ 昼めしを食べに帰りまた泳ぎに行く
夏休み中は そればかりでした
夏休みに入ると 直ぐ帰郷し 夏休み終わりまで田舎にいました
真っ黒に焼けた肌 地元の子と変わらないくらいに ^^
沢山のいとこも いましたが 夏休み中 最初から最後までいたのは
私だけでした ^^
海では 何度か 幼い頃 溺れかけた経験もあったのに
それ以上に 海が 水中が美しくて 素晴らしくて楽しく
夢中にさせてくれました。
現在は 江ノ島の 裏磯で毎年 素潜りしてしまいます
やっぱり 磯の匂い 泳ぐ魚を目に 潜るのは楽しい
どこかに 故郷の 鼠ヶ関 弁天島を 思い浮かべながら
江ノ島を 観てしまうのです。
ゆうです。
覚えていらっしゃいますか?