ミドリー
- カテゴリ:自作小説
- 2020/12/30 01:09:46
物書きを商売にしていて、出歩くことが少ない。そもそも、運動神経と読書量は反比例の関係にある。運動が苦手だから、本を読むようになるか、本を読むから運動をしなくなるのか、ニワトリと卵のような関係だが、迷ったら運動をした方がいい。彼にするならスポーツマンと読書家のどちらがいいかというアンケート結果があるが、スポーツマンが41%、読書家が29%だ。
腰回りの肉が気になり、正月から一日一万歩を目標にしてウォーキングを初めた。日記に何歩歩いたか書き込んでいて、足してみると360万歩になっていた。残り6万歩あるけば、一年間の目標を達成できる。6万歩だと40kmくらいだ。
明日は大晦日で、まだ、一日残っている。40kmだと小田原から三島くらいの距離。リュックに着替えを入れると、ネットで三島のホテルを予約した。一人で新年を迎えるなら、この部屋でもホテルでも一緒だ。
早く眠り、始発で新宿から小田原まで向かった。夜明け前の小田急の車内は閑散としていた。小田原の街から箱根に向かう歩道を歩く。いつにない寒波で雪が舞っている。
箱根八里が天下の剣と呼ばれるのは、標高10mの小田原から、標高846mの箱根峠まで、上り坂が続くからだ。強羅への分かれ道を超えたあたりで、靴紐が切れた。履きなれた靴の方がいいと、くたびれたジョギングシューズにしたのがいけなかった。靴ひもをほどき、長さが短くなった靴紐で結び直す。
足首が緩くなったせいか、左足に負担がかかる。しばらく歩くと、痛みがこらえられなくなり、腫れあがっていた。道端にしゃがみ込んで休んだが痛みはひかない。1kmも歩けばバス停があるはずだ。足を引きずるようにして歩いていたら、緑色のポルシェが止まり運転席のウィンドーが降りた。
「大丈夫ですか?」
「歩いていたら、足を痛めてしまって。」
「よろしかったら、近くまでお送りしますわ。お乗りになって。」
助手席にまわり、ドアを開けてレカロのバケットシートに乗り込もうとしたが、足を曲げることがつらくて、直ぐに座ることが出来なかった。
「だいぶお悪いようね。先に、手当てをした方がいいわ。私の家はすぐそこだから。」
「申し訳ありません。」
国道から脇道にそれ、細くて急な山道を登っていく。しばらく進み、斜面に張り出すように建っている洋館の前でポルシェが止まった。彼女に肩を貸してもらい、洋館の中に入った。
上がりかまちに腰を降ろし、ジョギングシューズを脱いだ。たたきには、女性用の靴しか置かれていなかった。リビングに通され、座り心地のいいソファーに座った。彼女は暖炉に火を灯すと、薬箱を出した。彼女は元看護士だと言うと、僕の足首に湿布を巻きはじめた。
彼女は、テーピングをし終わるとリビングを出ていき、お盆にティーポットをのせて戻ってきた。そして、居間に置かれたサモワールからティーポットにお湯を注ぐと、ウェッジウッドのカップに紅茶を注いだ。
「ジャムと一緒にどうぞ。」
「ありがとうございます。」
「権田坂米蔵先生ですよね。」
「えっ、どこかでお会いしたことがありましたか?」
「私、先生のファンなんです。」
彼女は本棚から、僕の処女作の『うどんとなめこ』を取り出した。
「先生、サインをしていただいてもいいですか?」
「あて名は、なんて書けばいいですか?」
「みどりでお願いします。」
僕は、表紙裏にサインと『みどりさんへ、12.31.2020』と書いた。彼女は、本を抱きしめると宝物にしますと言った。紅茶を飲み干すと、歩き疲れたせいか、眠気を我慢することができなくなった。
目を覚ますと、すっかり日が暮れ、テレビでは、二階堂ふみが、「次は、水森かおりさんの『瀬戸内小豆島 ~2020映えSP~』です。」と香川県民も知らない歌を紹介していた。
「お目覚めになられたのですね。夕飯の準備が出来てますわ。」
「申し訳ないです。もう帰ります。ホテルも予約していますので。」
「外をご覧になってみたら。雪がこんなに積もってたら車は無理ですわよ。ホテルには、Gotoがなくなったのでキャンセルすると伝えると、政府がキャンセル代を払ってくれるので文句も言われないんじゃないかしら。」
彼女に促されて、ダイニングに向かった。僕は、彼女に断り、ホテルにキャンセルの電話をかけた。彼女の言う通り当日の連絡だったが、キャンセル料は請求されなかった。
「先生、冷めるから早く食べてくださいね。年越しだから、天ぷらうどんにしましたわ。」
「年越しなら、蕎麦の方がいいんじゃないですか。」
「えっ、先生は、年越しはうどんって書いていたじゃないですか。」
「それは、県外の人のイメージに合わせて書いていただけで、大晦日にうどんを食べる香川県民はいないと思いますよ。サラリーマンなんて、毎日、うどんばかり食べているのに、大晦日までうどんを出されたら、いいかげんにしてくれと思うんじゃないでしょうか。」
「わ、わたし、蕎麦の方が好きなのに、先生の本を読んでから、20年間も大晦日は年越しうどんにしてたのに・・・」
彼女は、突然、ずずずずずっーと、うどんをすすった。柔和だった彼女の顔をキャンドル越しに見ると、眉間に皺を寄せて表情が豹変している。
「先生、なぜ、『うどんとなめこ』の次の作品を書かないのですか。私、次の作品を読みたくて、権田坂先生の本が出ていないか、毎月、本屋に通っていたんです。20年間も。それなのに、いつになっても出版されない。どうして。」
「短編は、時々、雑誌に書いているんですよ。」
「あんなの小説じゃないわ。マーキュリーを出せばいいってもんじゃないわ。私、次の作品のタイトルは、『うどんとすだち』がいいと思うの。柑橘系の爽やかな感じがして、なめこよりずっといいわ。原稿用紙もありますから、ほら、直ぐに書いて。」
「そんなに直ぐに書けませんよ。藤沢から箱根まで歩いている途中、ずっと、何を書こうか考えていましたが、今日になっても映画のパクリしか思いつかないくらい直ぐには書けないものなのです。」
「つべこべ言わずに、早く書いて。」
締切が迫り、原稿を急き立てる編集者のようだ。条件反射で、机に座り万年筆を手に取った。編集者のように、彼女は後ろに座り目を光らせている。傑作を書く必要はない。300コインを貰えればいいのだ。
うどん職人を目指すマルちゃん、それを献身的に支える母のすだち。すだちに甘え、スイーツ作りに堕落していくマルちゃん。いつまでの母に頼ってはいけないと、フランスにうどんづくりの修行に旅立つマルちゃん。オチは『巣立ち』。書き終えた原稿を彼女に渡した。
読み終えた彼女は、原稿用紙を暖炉に投げ込むと出ていけと言った。元旦は過ぎ、正午を迎えていた。雪が残る山道を足を引きづりながら国道に向かった。バス停にたどり着くと、1月1日、2日、箱根駅伝のために運休しますとお知らせが貼られていた。もう、箱根をウォーキングするのは止めようと誓った。
足を斧で折られたら、正月も箱根で過ごすことになっていたでしょう。満足のいく新作を書くことができずに、そのまま、箱根に留まることになったと思います。これからは、靴紐の予備を持って、ウォーキングに出かけることにします。
映画も本も見ました。
足を切断されなくて良かったです。
原作も読まれていたのですね。キングは、読者をぐぐっと小説の世界に導くように情景の描写が繊細で詳細ですね。前振りだけで、小説一冊分の文量があります。スタンド・バイ・ミーは、小説より、映画より、ベン・イー・キングの音楽が一番印象に残っています。
キングの原作のほうが残酷でけっこうえげつなかったです。
作家を閉じ込めたり、切り取った指を誕生日ケーキに立ててみたり・・。
でも映画のキャシー・ベイツの印象が強すぎて
どうやって難を逃れたのか忘れてしまいました。
今回の小説はさすが沖人さんと膝を打った作品でしたw
徳島県神山町によると、今年の作柄は平年並み(着花調査)です。すだちが大きく成長して、黄色く熟するとゆずになるのでしょうか。ハマチが大きくなったら鰤になるようなものですね。
近所の「ゆず」←今年は小さい実がいっぱいなったとか、「はちみつにゆずを漬けて」ジプロックに←冷凍庫に一杯今入ってます(^^♪
そうなんです。箱根ウォークは、取材旅行だと思ってください。出来れば、ネトカフェ代を二コタ事務局に経費で落としてもらいたいです。
リンゴさん
3歳の頃に、うどんとなめこを読んでいたら、まだ、お姉さんですが、30歳で読んでいたら、綺麗なおばちゃんです。最近、綺麗なおばちゃんが増えているように思います。
ちょっと期待してしまいました(^-^ゞ
ヒステリックなお姉さん、うどんを食べ続けてよほどファンだったのでしょうね
面白かったよ。
実話も入っているから、いつもリアルで面白いね。
すごい歩いているんだね。
身体にきをつけてね。
沼津ですか。すき焼きを囲みながら、「おなかへっただら~」とか「今夜は、雪ずら。」と団らんの時を過ごしているのですね。丸天のかき揚げは失敗したので、次は、沼津バーガーを食べてみたいです。
mさん
亜土ちゃんのサイトを見たら、めっちゃ可愛いです。
http://www.adochan.com/
たまちゃん
なめこを買ったことがありません。なめ茸となめこは別物なのでしょうか。ホテルの朝食で、大根おろしの中に入ったなめこは食べますが、箸でつかみにくいです。
マオさん
雪道でスリップ、用紙をお願いして、その間に逃げようとして、足を折られる、気づいた保安官がボコられるのは覚えているのですが、最後にどうやって助かったのかが思い出せないのです。
作者の欲望が見え隠れしてましたが・・・
2020年も うどんとマキュリーで〆ましたね
『権太坂先生』とは!
だいぶ箱根駅伝に持ってかれてますねw
私も沖人先生の読者になってから久しいので、
愛着のあるおなじみのネタがたくさん出てきてうれしいです。
それにしても、処女作のタイトル、インパクトがすごいわ~これは読みたくなるわ~!
(何十年たった)今も同じようにおばあちゃんになっても「水森亜土」マンガ?イラスト描いてるの、最近知ってビックリ!
よいお年をー
Cコインは、そのうち、百万コインで、逆三角形やDカップに体型を変更できる機能が付加されると思うので、大事にためておきましょう。
まほうつかいさん
お正月から、足の骨を叩き折ったり、保安官をぶっとばしたりするような物騒なことを書くことはできないのです。年末年始は、穏やかにすごさないといけません。
優しすぎますね。メリハリをつけて歩いていたはず
では!?
目標の6万歩をクリアできたら、水前寺清子さんの「三百六十五歩のマーチ」を超えられるねw
日記オモシロかったです。
300コインではなく、10万コインあげたいぐらいですw
しかし、りんごはCコイン残高が90001なのであげれませんが、沖人さんはCコイン億万長者と思うのでいらないって言われそうですねw
サスペンスでホラーです。徐々に、狂信的なファンに豹変していく演技をしたキャシー・ベイツは、アカデミー賞を受賞しました。箱根駅伝の難所は、ごんたざかだった気がします。笑点の菊蔵さんの親戚のよねぞーさんです。うどんと蕎麦は分かりますが、ラーメンはなくてもいいのではないでしょうか。晴れてきたので、これから、年越しの買い出しに行ってきます。うどんツユと海老とホタテの貝柱を買ってきます。
原稿用紙を暖炉に投げ込んだあたりは、ホラーかサスペンスかと思いました。いや、眉間に皺のあたりからかも。
『権田坂米蔵』先生、どう読んだら良いのですか?全部苗字?実在するのですか?
wine家は、年越しは、一応そばを用意しました。まあ、ラーメンもうどんも用意したけどね。