Nicotto Town


ピーターパンとさようなら*


「お葬式では泣いてほしい」「それは強欲」

私のお葬式では泣いてほしい。と幼馴染へ零すと、それはとても強欲だねと笑われた。

仕事帰り、程よく騒がしい金曜日の居酒屋。向かいに座る赤ルージュが似合う美人は、久しぶりのアルコールだからと一気に生ジョッキをあおいだ。顔の造形が整ってるから多少ガサツな動作でも様になる。ずるい。隣に座るカップルが楽しそうに旅行の計画を立てるやりとりが耳に障る。

「それで?」
「えっ、なにが?」
「いやさっきの話。あんた近々死ぬの?」
「その予定は無いけどさぁ、いやほら、あれじゃん。私たちも成人を過ぎてもうとっくにアラサーな訳じゃん?」
「時の流れは止められないからねぇ」
「そうなの。だからやっぱり何となぁーくね?親の葬式について脳裏を掠める事も出てくる訳よ」
「まぁ、10-20代では見えなかった事も考えるようになったわね」
「その関連で、自分のお葬式はどんな風がいいだろうってさぁ~」
「いやそれは連想ゲームの間、いくつかとんだわ」

この店オススメ!のPOPに押されて頼んだ厚焼き玉子。箸で綺麗に2等分して口に運ぶ。…うん、甘い。店員がおかわりのジンジャーハイボールを持ってきたので、とりあえずもう一度グラスを合わせて乾杯。

「ねぇ、何で強欲って言ったの」
「だってそうでしょ、死んだ後でさえ他人の思考に影響を与えたいっていう願い事はさ、強欲以外の何物でもないわ。しかも泣いたところであんたは慰めにさえ来てくれないんでしょう?無責任よね」
「え、お望みならば枕元に立ちますが?」
「霊体はお断りです~」
「ひどいっ!…っていうかさ、私が泣いてほしいなんてお願いしなくても当然泣いてくれるよね?」
「…そん時になってみないとわっかんないかな」
「泣けよ親友っ!!!」
「なに急に涙のカツアゲ?こっわぁ~い」
「うっせ。毎晩化けてでてやるんだから」

わざとらしくプクッと頬を膨らませ、ポカポカ殴るフリで茶化す。彼女も眉をしかめながらも付き合ってくれるくらいには楽しそう。あ、頬が赤い。少し酔いが回ってきたのかな?多めにおかずを食べるよう誘導しようか。私と飲んだ翌日にいつも二日酔いメールを送ってくる恒例イベント、今回こそは阻止したい。でもなぁ、、、私は目の前のグラスをくぴっと傾けた。もう一度だけと決め、しゅんと縮んだ心を舌へと乗せる。

「でも、やっぱり泣くって約束してよ」
眉尻を下げることを意識して、へらりと笑ってみせた。前、この表情に弱いと言ってたことを覚えていたから。

「涙だけが想いの強さだなんて思わないけど、1種の証じゃん。特別って意味じゃん。…私はさぁー、もし明日死ぬとしても、誰かに想われて涙して貰えるならこの人生悪くなかったって。そう思うよ」
「あんたのその理論、分からなくはないけど。そうだとしても、それはね、頼むものでは無いでしょう」
「うん。でも私は怖がりだからなぁー。…私が死んだ時、誰も何も感じない世界はさみしいじゃんか。だから、口約束だけでも欲しいわけよ」
「あんたが死んだら私は泣きますって?」
「うん」
「そうなるとあんたは最期、私の事思い出しながら死ぬんだ?」
「必然的にね」
「馬鹿みたい」
「そうかもね。それでも私はさ、たったそれだけで死ぬ事への恐怖から 少しだけ救われるんだ……きっとね」

これは、祈りに似た感情。正直に言うと「私が死んだ時に泣く事を約束してくれる役割」は、誰でも良かった。でも「今の私が最期に思い出したい人」は彼女で。そう、理由はたったそれだけで良い。

「答えは はい か YES か Ja! でお願いね!」
「断る選択肢ないわけ?まぁもうそこまで言うなら折れてあげるわよ」
「ほんと?お礼に唐揚げ贈呈~」
「ハイハイお優しいことで」

彼女の取り皿に唐揚げ、ついでにサラダを盛り付ける。昔から苦手だと嘆いていた生玉ねぎは避けてあげよう。嫌いを好きになれなくたって、なんとなく生きていけることを大人の私達は知っている。

ありがとう、と私から皿を受け取り、美味しそうに唐揚げを頬張る彼女は死の影なんか一切感じない。だからこそ私は想像するのだ。

もし、あと50年くらい経って。2人ともおばあちゃんになったとき。彼女も死ぬ間際に、私のことを思い出してくれたら良いのに。

なんて考えちゃう私は、うん、やっぱり強欲なのかもね。




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