Nicotto Town


出逢いのあの日に行こう


死んだ子の親


十代の頃,子どもが死んだというニュースを見ると,
「○○県の会社員,山田太郎さんの長男・ひろし君 (5歳) が…」
という報じ方が不満でした。

「この子の親は父親だけなのか?
母親だっているんじゃないのか?
なぜ,この子は父親だけのものみたいな言い方をするんだ。
母親が可哀相じゃないか。
『○○県の山田太郎さん・花子さん夫妻の長男,
ひろし君 (5歳) が…』 と言え!」と。

しかし,就職して,自分が社会と関わるようになって,
見方が変わりました。

「ニュースを見ている人たちは,
どこかの知らない子どもが死んで,
その子も親も可哀想だなと感傷に浸りたいわけじゃないんだ。
『近所で子どもが死んだって?
取引先とか上司とかのお子さんじゃないだろうな?!
もしそうだったら,駆け付けなければ!』 と,
自分と関係ある出来事かどうかを知る必要があって,
そして,仕事上関係がある人はほとんどが男だから,
死んだ子の父親の名前と職業を報じているんだ」
と理解しました。
女性は結婚と同時に退社していた時代ですから,
仕事で関わる子持ちの人は
ほとんどの場合 「父親」 だけだったわけです。

(ちょっと脱線しますが,海外で飛行機が墜落した時,
ニュースで日本人乗客の有無を報じるのも,
「飛行機が落ちて大変です」 と伝えて騒ぎたいんじゃなく,
日本の視聴者の関係者がいたかどうかの情報を伝えたいのでしょう。)

しかし,女性の社会進出が進んでからは,
父親の名前だけを報じるということはなくなったような気がします。

そして,今の私は,また別の見方で不満に思っています。

例えば,子どもが事故で死んじゃうと,
「母親号泣 『この子を返して』 」 とか,
母親がいかに悲しんでいるかばかり報じられます。

「この家は母子家庭なのだろうか。
この子に父親はいないのだろうか。
それとも,父親はいるけど,全く悲しんでいないのか。
父親もいて,悲しんでいるなら,
母親が悲しんでいることだけ報じるのはどうなんだ」 と思います。

小さい子が死んじゃうと,父親は周りの人から,
「奥さん,大丈夫?」
「奥さんを支えてあげて」
「あなたがしっかりしないとね」
「奥さんを責めたりしないでね」
と言われます。

「父親のあなたも悲しいでしょう」とは言われません。
男が悲しむことは,許されないのです。

でも,死んじゃった子どもはきっと,
「お父さんも悲しんでほしいよ」と思うんじゃないかなあ。








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