Nicotto Town


おうむたんの毒舌日記とぼうぼうのぼやき


自作小説「いじめられない子供」第一話(全九話中)

第一話 転校生の橋本紬

 いじめられない子供がいた。子供階級社会のてっぺんに立った彼女は、無自覚だった――

 紬(つむぎ)はいじめられたことがない。彼女は、いじめが発生しない条件を所有しているからだ。
 紬はそのことを自覚していない。いじめられたことがないからだ。

 「あいつをいじめるのは、ダメだ」 
 舞(まい)が、遥斗(はると)を押しとどめる。
「なんで? いけ好かないんだよ!」
 遥斗が舞に食ってかかった。
「あたしだって、気に食わない」
「なら、なんで!?」
 舞は、遥斗の目を見つめ、押し殺した声で言った。
「あいつの母親は、あたしたちの親の上司だから」
「だって、苗字違うじゃん」
「親が離婚して名前違うだけ、だってよ。あたし、お母さんに釘を刺された」
「まじ?」
「橋本紬(はしもと つむぎ)の母親は、転勤してきた及川(おいかわ)工場長」

 クチナシ市は、七瀬産業の工場を中心に回っている地方都市だ。工場の人事が市内の人間関係の全てを決めると言い切って過言ではなかった。
 橋本紬が及川工場長の娘であるという理由だけで、いじめの対象から除外されたのである。

 子供は大人の力関係を敏感に反映するものだ。その敏感さを持ち合わせないのは、橋本紬本人だけであった。


 及川静香(おいかわ しずか)は、夕食のテーブルで向かい合って座った娘・紬に尋ねた。
「学校はどう?」
 夕食の後片付けまでをサポートする荒木沙耶(あらき さや)も紬に顔を向けた。
「うん? 普通に楽しいよ」
「そう」
 静香はうなづいた。沙耶もほっと胸をなでおろす。紬がこの地での生活を順調に始めたらしいことは、喜ぶべきことだった。
「そういえば、荒木さんのお子さんと紬、同じ小学校ですものね?」
 静香が、沙耶に話しかけた。
「はい、お嬢様と同じクラスのはずです」
 沙耶が答えると、静香が語気を若干強めた。
「荒木さん、紬のことをお嬢様と呼ばないでください」
「あ……。すみません」
 静香の怒りを察して、沙耶は俯いて謝罪を口にだした。
「あ、いや、そういう態度が……」
 静香は大きく息を吐き出すと沙耶に話しかけた。
「紬のことは、紬と呼んでください、ということです」
「と、言いますと?」
 沙耶は若干混乱した。歴代の工場長の子供のことは、クチナシ市ではお坊ちゃま、お嬢様と呼ぶ慣例があったからだ。
 とはいえ、ここ十年ほど、工場長は単身赴任だったのだが。
「紬でいいのです」
 静香が断定するので、沙耶は恐る恐る口に出す。
「で、では、紬様?」
 静香は、微かに顔をしかめて言った。
「様を付けるのも、おかしいでしょう?」
 沙耶がとんでもないと、目を見開いた。沙耶と静香の間に、紬が割って入る。
「ここに来る前、紬さんって呼ばれていました」
 紬は沙耶に笑いかけた。
「紬ちゃん、でも嬉しいです」
 沙耶は静香に確認の視線を送った。静香がうなづいたのを確認して、沙耶は慎重に声に出した。
「紬さん……」
「はい!」
 と紬。続けて
「荒木さん……が苗字なんですね? まだ同級生の名前を覚えきれていなくてごめんなさい」
「いえ、紬さんが謝ることではないのですから。うちの娘は、荒木舞(あらき まい)といいます。よろしくお願いします」
 沙耶が深々とお辞儀をするので、静香は制止しかけたくなるが、ぐっとこらえた。一辺に言っても無駄なのかもしれない、と。
 紬は、静香の葛藤には、気が付かないまま、無邪気に言葉を返した。
「荒木舞さんですね? 明日、声かけてみます」
 邪気がないとは、紬のことを言うのだなと沙耶は思った。この純粋培養の育ち方が、クチナシ市に馴染むのだろうか? と疑問に思ったのだ。しかし、その疑問に対する答えはすぐに見つかった。
 工場長である静香の意向に従うのが、解なのだ。クチナシ市民である以上、及川静香工場長に従って行動を変えていくことこそ解なのだ、と。

 「荒木さん!」
 翌日、荒木沙耶から教えられた「荒木舞」に、紬は声をかけた。舞は肩をすくめて振り返った。
「あなたのお母さんに、お世話になっているの」
 紬がニコニコ話しかけてくるだろうことは、前日の夜さらに何度も舞の母親・沙耶からいい含められていたので予想はしていた。
 怒鳴り散らしたい気持ちを押し込んで、精一杯そっけなく
「お母さんから聞いた」
 と舞は応えた。ぶっきらぼうな舞を気にするでもなく、沙耶は続ける。
「これから、よろしくね」
「……よろしく」
 笑顔が広がるの紬の表情に舞は気圧(けお)される。
 気に食わないのに、手出しをするなと母の沙耶に念を押されたことを思い出し、舞は感情を押し殺し、紬に応えたのだ。しかし、それが精いっぱいの譲歩であった。舞はぷいと横を向き、紬から離れた。
 子供階級社会の君主の座から舞が退いたと同意であった。

 クチナシ市内の子供階級社会が動いた。


(つづく)
 
 

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2021/08/25 10:40
>トシrotさん
確かに、これは、どんよりとした話なんですよね。
自分の中に長年あったモヤモヤを小説にしてみた、そういう部分はあるかなぁと思います。
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2021/08/24 20:23
 見逃す危機は回避されましたビヨ! 今回のお話しは今までになく暗くどんよりとした舞台ですね。ぼうぼうさんのリア王かもしれないな。次、いきます^^
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2021/08/24 09:07
>アヴィさん
読んでくれてありがとうございます。
小説は、結論やまとめなどがなくてもいいから、読んで何を感じるかは、読んだ方の自由で、アヴィさんが
何を感じるのか、これは同意しかねる、となるのか。
気になるところまで、読んでいただけたら、嬉しいです。

>★大和さん
初めまして!
着眼点が面白いとの感想、ありがとうございます。主に短編が中心ですが、書くのが好きなんです。
そこを読み取ってもらえて、とても嬉しいです。
読んで結論が出る話にはならない、とは思うんです。ふらっと読んでもらえるだけで、ありがたい
なぁと思います。

>KEIさん
一番は辛い、そうかもしれない。具体的な目標がなくなって、追いかけられる側の辛さはある
かもなぁ。
一番は、一番でないたくさんの人によって成立する、というのもわかるんです。自分は一番になったことが
ないし、やはり一番はいろいろ、しんどいなぁとも思います
※長編の方は、KEIさんの希望からずれている、とは思うので無理せずに。
小説は娯楽ですから、好きな作品に時間を使ってくださいね~
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2021/08/23 18:44
わかるような気がする・・・舞の苛立ちと紬の(いい意味での)無邪気
わたしは1番が嫌い。
1番になったら、もう追われるだけだから。
1番になったら、維持しなくちゃいけないから。
だのに、みんな1番になれって言う。皆が1番になれるなんてことないのに・・・。

どう展開していくのか、楽しみです。
前日記に書かれているR15も読みに行きます。
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2021/08/23 18:11
題名からみても、着眼点がおもしろいですね。イジメられないこどもですか。
文章の書き方がとても上手で、まるでその場にいるかのように、自由で楽しんで書いてるようですね。
イジメられない子の条件という発想もおもしろく、イジメられてるこどもとかにも、読んでもらえるといいのかもしれませんね
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2021/08/23 13:17
とても面白く読ませていただきました。
僭越ですが、自分に引き当てられる要素も感じ
展開を待ち侘びます。



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