Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


【舞踏会】(「契約の龍」SIDE-C)・承前

「そういう服も、むろん、嫌いではありませんでした。肌触りが良ければ。苦手なのは…」
 首を巡らせて、アレクを探す。…さっきの場所から動いていない。
「…ああいう服です」
「なるほど、な。そなたも苦手であろう?」
「あんな服を自分から進んで着たがるような方は、被虐嗜好があるに違いない、と思っています」
「着る者の性癖を疑うような服を、なぜ他人に着せたがる?」
「アレクの所にあれを寄越したのは、マルグレーテ妃だから、本当の意図は判りませんが…殿方が喜ぶから、でしょう?」
 現に今も、会場にいるほとんどの男性の目が、一旦はアレクの上に停まっているであろうことが判る。…気の毒に。
 まあ、単純に「ドレス着せたら、似合いそう」って思っただけかもしれないし。
「自分の時も、あんな風に見られていたんだったら、ちょっと、厭かも」
「…それは、どうだろうな。艶めかしさ、という点では、あの仮初めの美女の方が上だぞ?」
 それは…ちょっと思わないでもなかったけど。でも。
「…それも、ちょっと…かなり、厭です」
 父が破顔する。
「そうか…妖艶さで負けるのは、厭、か」
 …何も踊るのが困難になるほど笑う事はないと思う。
「そういうものはな、一人絡め取る事ができれば、十分だぞ?」
 一頻り笑った後、私の頭の上に手を置いてそう言う。
 その間に一曲終わっていて、次の曲の前奏が始まっている。
「どうする?もう一曲踊るか?」
「…もう少し、お父様の話が聞きとうございます。…母との馴初め、とか」
「何だ?ソフィアから聞いてはおらぬのか?」
「はい。実のところ…あまり聞き出せる雰囲気ではなかったので」
「そう、か…踊りながらで良いか?あまり余人に訊かせたくない」
 そう言って手を差し出してくるので、その手を取る。

 着替えが届けられたのは、舞踏会も終盤になった頃だった。
「やはり、対になると、映えますわねえ」
 マルグレーテ妃がしみじみと呟く。
「こうなると、踊るところも見たいものですわね。披露していただけませんこと?」
「…とのお申し付けだけど、アレク、大丈夫?」
 アレクはしばらく前から足が痛い、といい、椅子に座ったままだ。
「痛み止めだけ、頼む」
 と言うので、足元にかがみこんで、「ちょっと失礼するね」と、スカートの裾をめくる。
 思った通り、足首がパンパンだ。
「ちょっと、クリス」
 頭の上でアレクが慌てる声がするが、足首をがっちりつかんでいるので、アレクは身動きが取れない。靴を脱がせてみると、とりあえず靴擦れしている様子は見られないが、大分靴がきつそうだ。とりあえず、むくんだ足の血行を促す。
「…白昼堂々と、衆人環視の中で見せる格好ではないと思う」
「気にしなきゃいい」
 人前でキスしようとした奴に言われたくない。
 靴を履かせ直して、反対側の足に取り掛かる。こちらは靴擦れができている。
「ちょっとケアしとくね」
 ポケットから軟膏を取り出して塗りつけ、保護に当て布する。
「何でそんな物を?」
「要り用になるだろうと思って、部屋から持ってきといた」
 こっちの足も同様にして、靴を履かせ直す。
「…どう?」
「…うん…だいぶ楽になった。…ありがとう」
 椅子が肘かけのないタイプなので、立ち上がるのに肩を貸す。
「ずいぶんな献身ぶりだな」と、横から揶揄する声が聞こえる。
「元を糺せば、私がわがままを言ってここに連れてきたせいで、こんな目に遭ってるんですから。…まあ、私の自己満足ですが」
 アレクが横から手をのばしてくる。私の頤に手を添えて、上を向かせる。
「自分のせい、とか思うな。気が進まなかったのは確かだが、回避できなかった訳じゃないんだから」
 アレクを伴ってフロアに出ると、人の目を引く。父と一緒の時よりも。
「さすがに、目立つなあ。壁に張り付いてるだけで注目されてたもんねえ」
「目立つのは、クリスの方だろう?」
 心外だ、という声でアレクが言う。いずれにしろ、どうやら注目を浴びているらしいので、あまりみっともない事はできない。
「足は大丈夫そう?」
「とりあえずは。…ステップの方が心配だな」
「そのスカートなら、多少はごまかしがきく」
 ステップが心配、と言いながらも、アレクは間違えることなく一曲踊りきった。…踊っている最中の会話は、足の痛みを紛らわせるための、あまり和やかでないものだったが。
「この苦行は、いつまで我慢すればいいんだ?」「私と踊るのが、苦行?」「苦行は、後半部分。一生分のダンスをこの一週間で踊った気がする」
とか、
「ところでクリスの着た服の中に、こういうのあったっけ?」「あったよ。ここまで細く絞ってはいないけど。後半の分にも、あったと思う」「それは楽しみ、って言っていいのかな?」「何を期待しているのかは知らないが、晒し者になるのを忌避していては、拝む事は出来ないぞ?」
とか。

 舞踏会の終わりは、参加者全員による輪舞だ。冬至の翌日のしきたりで。

#日記広場:自作小説




カテゴリ

>>カテゴリ一覧を開く

月別アーカイブ

2023

2022

2021

2020

2019

2018

2017

2016

2015

2014

2013

2012

2011

2010

2009

2008


Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.