悲しみの果てに (中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2021/12/15 23:13:50
黒部の地方卸売市場は朝4時からセリが始まる。それまでに、漁を終え港に戻らなければいけない。乗組員は、午前1時に番屋に集まり出港する。港の出口に生地島橋が架かっていて、そのままでは船が通れない。
船から橋の管理人に携帯電話で連絡すると、307トンある橋が、片方のたもとを起点に、時計の針のように78度回転する。橋と川岸の隙間を通り、漁場に向かうと、10分で定置網をしかけている漁場に着く。
魚は潮の流れに沿って岸と平行に泳ごうとする。長いものだと800mある垣網が、魚の通り道を遮るように海の中に張られている。垣網にぶつかった魚は、深い沖合の方向に向かって泳ごうとする。
するとそこに、網で囲まれた運動場と呼ばれる空間がある。運動場の中を魚は自由に泳ぎ回ることができるが、閉ざされた箱網に向かって徐々に網の底が浅くなっていき、漏斗口を抜け箱網の中に入る。
漁船が定置網に着くと、箱網を引き上げる網上げの作業が始まる。袋の口を絞るように綱を引いていき、魚を網の奥の方に追い込んでいく。魚が暴れて鮮度が落ちないように、少しずつ網を手繰り寄せていき、最後に、巨大なタモを船のクレーンで引き上げ、魚をすくっていく。
甲板に揚げられた魚を、カゴや船底のイケスに魚を次々に放り込む。水揚げが終わると網を設置し直し港に戻る。急いで選別し市場に出荷する。船や道具を洗い、片付けを終わると8時になり、事務所に戻り、皆で朝食を食べる。
定置網は会社が設置していて、幸介はそこで漁師をやっている。給料は日当制で天気が悪く休漁になった時は、日当の三分の一が払わられる。年に2回ボーナスが出るが漁獲量や相場で大きく変わる。サラリーマンより稼ぎは良かったが、身体がきつい。この季節は、分厚いカッパを着ていても身体の芯まで冷えて、腰を痛めている漁師も多い。
朝食は、白いごはんとアラ汁。大皿に、玉子焼き、佃煮、漬物が盛られていて、めいめい勝手にとっていく。コロナ流行っていた時は、小皿に取り分けられていたが、面倒くさいと直ぐに大皿に戻った。
幸介は、アラ汁をすすりながら仲間たちを見た。皆、顔は潮焼けで赤黒く、潮風にあたった髪はこわばっている。手の平を自分の頬にあてると、不精髭が伸びていた。自分も漁師らしくなったのだろうかと思った。
父は、地区にある小学校に納めるパンを作っていた。幸介が中学生の頃に、町内の学校給食は給食センターに統合され、パンも隣町の工場から調達されるようになった。父はパンづくりを続け、家を改装して小売りはじめたが、商売は上手くいかず、酒を飲んでは暴れるようになった。
幸介が高校2年の時に、酔った父が母に手を上げようとした。幸介は父にしがみつき、父を殴りつけた。体格のいい幸介に馬乗りになられて、最初、父はもがいていたが、そのうちに泣き始めた。それ以来、父は酒を飲むことはなくなったが、幸介と口を利かなくなった。
幸介は高校を出ると、体格がよく学校を訪れた自衛隊地方協力本部の広報官に勧められて自衛隊に入った。自衛官候補生で入隊し、任期は2年ごとに更新し35歳で除隊になる。
自衛隊の訓練は厳しかったが、商売に悩んでいた父の姿を見ていたので、何も考えず身体を動かすことが苦にならなかった。自衛官を続けたかったが、自衛隊に残るためには、31歳までに一般曹候補生の試験を受け下士官にならなければいけなかったが、試験には英語や数学もあり、幸介に合格する可能性はなかった。
父が死んだのをきっかけに、除隊まで2年を残して退官し、実家にもどり漁師になった。自衛官は一人の失敗が全員の責任になり、連帯責任やチームプレーを徹底的に叩きこまれる。全員で力を合わせる定置網漁と同じで漁に溶け込め、漁師が高齢者ばかりになっていて、体力のある幸介は皆に頼りにされた。
網の手入れが終わり、昼前に仕事が終わった。幸介は、飯を食ったらパチンコに行くかと誘われたが、疲れているからと断った。漁に出ている間も、まだ千恵子がいるか気になり、早く家に帰りたかったが、美味しいものを食べて欲しくて漁協直売所のある「魚の駅生地」で牡蠣を買ってから帰った。
軽トラを降り、玄関の扉を開けると土間に千恵子の靴があった。幸介は、「ただいま」といつもより大きな声を出したが、母からも千恵子からも反応がなかった。キッチンに牡蠣を置いて、居間に入ると千恵子が振袖を着ていた。
「なんしょんな。」
「あんた、見てみんまい。千恵ちゃん、ほんまに綺麗やろ。ジャージや買うてくるんでなかったわ。」
「ほんだけん、なんしょんな。」
「お母さんが、若い頃に作った振袖が、ず~と箪笥の肥やしになっとったんや。女の子が欲しかったけど、あんたしか生まれんかったし。お嫁さんにあげたいけど、あんたは、いつまでたっても結婚せんし、それに、お父ちゃんが死んで楽できるようになったと思ったら、あんたが帰ってきて、ご飯も作らんといかんし、はよ、楽させて欲しいわ。」
「親父の葬式の時に、『これから一人やと思ったら、ご飯作ってもせがないし、生きる張り合いがないわ。』って言いよったでないんな。」
「お父ちゃんの兄さんや姉さんの前で、『せいせいしたわ。これで楽が出来るわ。』なんて言えるわけがないやろ。」
母は、千恵子の襟元を直しながら、「和服っていいやろ。多少体型が変わってもそのまま着られるし、丈を直せば、他の人も着られるしね。でも、おばちゃんは、若い頃から体型が変わっていないんで。」と言って、腹をポンっと叩いた。
「若い頃から、太ってたんや。千恵ちゃん、つっこむところやで。そうそう、ちょっと待っといてね。」
母は、そう言うと、スマホを持ってきて千恵子の写真を撮ろうとした。母は、「マルチーズ」と言ってボタンを押そうとしたら、千恵子が顔を傾けた。
「ごめん、ごめん、千恵ちゃんが綺麗やから、断らんと写真を撮ろうとしてしもたわ。もう撮らんから。振袖着てくれてありとうね。そしたら着替えようか。」
母は、千恵子の着替えを手伝い、キッチンに戻り珈琲を淹れて、新聞を呼んでいる幸介のところに持ってきた。
「千恵ちゃんって、女優さんやないの。写真を撮られるのを嫌がるなんて、タレントかモデルくらいしか思い当たらんわ。旅行に行ったら、岡田さんも竹内さんも、私も撮って、撮っていうて、スマホ渡されるで。」
「すっぴんで振袖を着せられたら、みんな嫌がるやろ。」
「着物を着慣れている感じがするし、立ち振る舞いが綺麗なんで。若い人には珍しいわ。ええところのお嬢さんかいの。晩ごはん、昨日の残りもんにしようかと思うとったけど、これから買い物行ってこうか。」
「牡蠣、買うてきたから、カキフライにして。」
「キムタクみたいに牡蠣が苦手な人もおるんで。ホタテにすればよかったのに。そうしたら、あんたと、サンドイッチマンのコントできたのに。ビックマックと一緒に、ホタテいかがですか?」
「なんやそれ」
「お母さんは、千恵ちゃんに笑ってもらいたいの。」
ジャージに着替えた千恵子が客間から出てきた。母が、「牡蠣、大丈夫?」と聞くと、千恵子は頷き、幸介に向かってほほ笑んだ。
着るチャンス。三が日は、振袖を着て、箱根駅伝の観戦と初詣です。残念ながら元旦の天皇杯は、12月に開催日が移動して終わってしまいましたが、アメフトの決勝戦もあったと思います。明治神宮に参拝して、国立競技場に行けば、目と鼻の先です。
振袖かぁ~
私のも箪笥の肥やしになってるはずw
もう、着る勇気はないですけど 誰かに着てもらって見てみたいなぁ~
キムタクも牡蠣が苦手なのですねぇ~( ..)φメモメモ
情報源がとんねるずの食わず嫌いのコーナーからなので、今では、好き嫌いのないお父さんになっているかもしれません。
勿体無い気がします
キムタクは好き嫌いが多いんですか~意外です!
ニコタで長い文章は、なかなか読んでいただず、訪問だけで、日記を読んでくれる方は少ないです。ただのおっさんですので、本を書いたことはありません。牡蠣に当たったことがあるらしいですが、キムタクは好き嫌いが多いとのことです。
文字を読むことが苦手で、長文は特に読んでいませんでしたが
沖人さんの小説は作家さんそのものですね!
沢山の知識が無いと書けないですね~
だからいつも並外れた面白いコメが帰ってきたんですね~
実際に本を出されているんですか?
キムタクは牡蠣嫌いだったんですね!?
包容力のある肝っ玉母さんです。苦労した分、人に優しいのでしょう。二コタをやっている方々も優しい人が多いので、みなさん、サンドイッチマン好きなのだと思います。リンゴさんも、マックにいったら、月見バーガーとホタテと注文をしてください。
ちえちゃんも何気に心地良いのかしら^_^
どんな理由があるお嬢さんなんでしょうね
気になるわー( ◠‿◠ )
修理代をケチってベンツに乗っちゃいけません。ポリシーが不明確になります。車にお金を使う、使わないを明確にしなければいけません。我が家のレガシーはちゃんの洗車は、ペットボトルで水をかけるだけで、ワックスなどかけてもらったこともありません。車は、走ればいいのです。
今日知り合いのおばさんが言ってたんですが「夫が退職金でベンツを買った。外車はよくどこかが壊れる。そして修理代が高い!
最初は保証してくれる保険に入ってたがそれも切れ、こないだ運転席のシートに入ってるヒーターが壊れ、車屋が修理代5万円」
運転席のヒーター!?そんなもの修理しなくていい!
↑
夫からの電話に「ヒーターいらない」と返事したら
夫「そう言うと思ってた」
↑
・・・ベンツ・・・ですか・・・言わないけどベンツでしょ?
修理しない人がベンツに乗ってるのね?
そういえば~~~もう10年以上前に、どこかで聞いたなぁ~
「BMWのオイルが漏れる。車屋は直すと高いから、漏れた分だけ追加していけばよい」
↑
・・・(-.-)・・・オイル漏れ、そのまま・・・(-.-)
そちも好きよの〜下ネタのリクエスト承りもうした。うどんと同じくらい得意です。ろくさんは、現場で働く方々が好きですね。現場の人といえは、交通誘導員のお兄さんの話もあった気がします。
千恵子の正体を何にしようか考えているところです。正体が分からないまま、不完全燃焼で終わってしまうとか、エバンゲリオンのように謎だらけとか、読者の創造に任せるというのもありだと思い始めてます。wineさんも想像力を発揮してください。
スズランさん
我が社も高齢化が著しいですが、どこも後継者不足ですね。香川の有名うどん屋さんも、後継者がいなくて閉店になってしまうところが増えてきました。ちびっ子達には、ユーチューバーより、うどん屋を目指して欲しいです。
アリスさん
作者も振袖を着るとは思っておりませんでした。なぜ、振袖を登場させなければいなかったのか、お正月の伏線なのでしょうか。成人式でしょうか。謎は、深まるばかりです。謎ばかり深まって、先の展開が思い浮かびません。
涼華さん
牡蠣は好き嫌いがありますね。私は、カキフライは大好きですが、生ガキは苦手です。おっさんになったのに、いつまでたってもおこちゃまの味覚です。イカの塩辛も苦手です。きっと、ホヤも食べられないと思います。ホタテは殻付きで焼くのが好きです。
たまちゃん
作者は、未刊の大作になってしまうことを恐れています。しかし、読者の方々も、そんな話、あったっけと直ぐに忘れてくれるでしょう。牡蠣は、塩でもんで洗って、水気を拭いて、小麦粉つけて、小麦粉まぶして、溶き卵でくるんでパン粉をつけ、180度で90秒揚げたらカキフライが出来上がります。さあ、やってみよう。
あずさちゃん
珈琲、カキフライ、ユーモアはなんとかなると思いますが、着物の着付けは習わないと難しいですね。和服を着る機会が少ないので、お茶かお琴をしないと、直ぐに忘れちゃいそうです。着物より露出度の高い服の方が喜ばれそうな気もしますので、着物は習わなくて大丈夫でしょう。
mさん
黒部の言葉ではないのです。「ん~そしてんまい、おーしけまいな、網おろすかかったさいななんそっこさ、暗がるからやろ~」、「うっにおんもん、そのかっにたいそーやったて。」と黒部弁は難しすぎるので、讃岐弁にさせていただきました。
↑
はやく、「コロナ流行っていた時は・・・」といいたいなぁ~~~~~
ところでこの黒部の言葉調べたの?大変でしょう・・・?
素敵だなと思う人に近づくのは結構ハードルが高い
そして千恵子ちゃんが幸介さんに微笑んでいるのが意味深~
いよいよ幸せになれる主人公が誕生するのか?!
そういえば牡蠣食べてないな~自分では調理できないから、お店で食べようっと!
具合が悪くなって
救急車で運ばれたのを
思い出しました (*≧m≦*)
勉強になるよ。
振り袖を着るとはおもわなかったよ。
千恵子さんは、心を開くかな?
自衛隊に残るには試験があったなんて知りませんでしたΣ(゚ロ゚;)
いつも大募集している印象なのに、そういう訳があるのなら狭き門ですね~
千恵子さんはかなりの訳ありみたいですね。
後半どうなるのか気になります。