Nicotto Town


人に優しく


歩くな


杉木立の中に、二人の男女が半分雪に埋れて倒れていた。

雪は二人の男女の顔の高さとすれすれに降り積っており、四辺は少し蒼味を帯んだひどく静かな世界だった。

鮎太はやっぱりお姉さんだったと思った。

男の方の顔は半分雪面に俯伏しているので誰か判らなかったが、鮎太はそれを確かめなくても、それが大学生の加島であることを信じて疑わなかった。

山ノオクノオクノ山オクデ、フカイフカイ雪ニウズモレテ。

鮎太は冴子がいつか耳もとで囁いた言葉を思い出したまま、堅市と、佐次郎に、「歩くな、歩くな」と言って、いつまでも半分雪の面に埋まっている冴子の白い手首を見詰めて立っていた。

二人の友達に歩き廻られて、美しい雪面を汚されることが怖かった。





ー 『あすなろ物語』 井上靖 ー




 




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