世界の車窓から
- カテゴリ:自作小説
- 2022/05/12 18:46:45
香川には、高松を起点に、琴平線と志度線、長尾線の3路線の私鉄が走っている。JR高徳線と並行して走る志度線は、営業路線12kmの間に15の駅があり、走り始めたと思ったら直ぐに停まる。瀬戸内海に突き出した岬沿いの急カーブを走ることができるように、小さな車両を使っていて乗り心地も悪い。
卓也は、スプリングがへたりペコペコする座席に座り、スマホに指を滑らせていた。西日がスマホの画面に反射してまぶしい。振り向いて、日よけを下ろし、学ランの袖をまくり上げた。初夏の陽気だが、卓也の通う高校の衣替えは、6月1日からだった。
スマホの画面の中で魔道士が呪文を唱えると、ファイアーボールがスライムに向かって飛び出した。人間、エルフ、妖族から、好みのキャラクターを選び、異世界を冒険するMMRPGニコットワールドⅡ。チームを作り魔族を退治して、異種族が平和に暮らす世界を目指す。ゲームの中で、プレイヤー同士が結婚することもできる。卓也は、エルフのミポリンと結婚していたが、先週、ミポリンがおっさんだということが分かった。
ゲームの中の結婚は、自分から告白する必要はなく、イベントが発生すると、コンピューターが候補を選んでくれて、気に入った相手を選択する。お互いの希望が一致するとカップルになる。昔のテレビ番組にあったフィーリングカップル5対5のような感じ。夫婦になるとお互いのアイテムを共有できたり、相手のHPが少なくなると自分のHPを渡して助けることができるので、ゲームを進めるのが有利になる。
ゲームをしているのは圧倒的に男が多いので、女性キャラは、NPC(Non Player Charactor)と呼ばれるコンピューターが操作しているキャラが多い。卓也のマッチングの時にNPCでない女性キャラは、エルフのミポリンと白魔道士のヒヤヤッコだった。直感的に、肌の露出の多い、ミポリンを選んだが、おっさんだったとは。明け方まで夢中になったり、スマホを触ることができる休み時間が待ち遠しかったニコットワールドⅡも、今は惰性でやっているだけだった。
卓也は、スライムを倒すとホームボタンを押して、スマホを学生鞄にしまった。顔をあげると、電車の中は、学校帰りの高校生が多い。スマホをいじっている高校生がほとんどで、参考書を読んでいる高校生が少し。将来の勝ち組と負け組の境目がうっすらと入っている。
男子高生は、みんな学ランで、どこの高校に通っているか分からないが、女子のセーラー服は、学校によって、襟のデザインやスカーフの色が違っていて、どこの高校か分かる。卓也の乗っている車両には、同じ高校に通っている女子はいなかった。
卓也は、工業高校の機械課に進学したが、ここでも選択に失敗した。40人のクラスに女子は一人もいなかった。1年生の時は、男通しでつるんでいて楽しかったし、彼女が欲しいと思うことはなかったが、2年生になると、時々、彼女が欲しいと思うようになった。正確に言うと、彼女が欲しいというより、○○さんが、彼女だったらないいなと思うようになった。
中学の時の同級生の良子に、手紙を出そうかと思ったが、好きだったら、なぜ、中学の時に告白しなかったの言われたら、返す言葉がない。工業高校にも応用化学科や工芸科には、女子もいるが、他の学科の男子は手を出さないという暗黙の了解がある。出会いの場がない。高校生なのに、社畜になってしまったサラリーマンのように、卓也はため息をついた。
鞄から、もう一度スマホを取り出そうとしたときに、向かいに座っている女子高生と目が合った。彼女は、すぐにスマホの画面に視線を落としたが、卓也は、チラチラと彼女を見た。色白で大きな瞳。細く柔らかい髪なのだろう、長い髪の間から耳が飛び出していた。卓也は、直感的にエルフだと思った。
仏陀は、究極的な心理や知恵の源泉は、理性ではなく直感であると説いた。ヒンズー教では、直感を意識の一段高い次元で瞑想や修練を積んで得られるものとし、アリストテレスは、直感とは理解の跳躍であり、他の知的な手段によっては到達不可能な大きな概念を理解する知的プロセスとした。
ややこしいことが好きな最近の学者は、直感を四段階に分類している。一つ目の段階は、危険な状態を察知して回避すること。二つ目は、情緒的な段階で、好きになったり、嫌いになったりすること。卓也は、直感の第二段階に到達し、志度線の中のエルフに好意をいただいた。
彼女にどうやって好意を伝えればいいのだろうか。SNSならいいねボタンをポチすればいいだけだし、ニコタワールドⅡならイベントもあるのに、現実世界のハードルは高い。卓也は、腕を組んで天井を見上げたら、エルフの座席の上にある網棚に、マリメッコのスケルトンの手提げ袋が置かれている。
ひまわりがデザインされた手提げ袋は、網棚から少し飛び出してて、電車がカーブにさしかかるたびに、ゆらゆらと揺れていて不安定だ。卓也に、第一段階の直感がひらめいた。
塩屋の駅を過ぎると岬を回り混むために車体が大きく傾く。この前も、じいさんがすっころんでいた。マリメッコが、網棚から落ちる可能性が高い。その瞬間に、飛び出してバックを受け止めて、彼女に手渡す。そして、LINEのアドレス交換をお願いする。この状況では、断ることはできまい。
電車が塩屋の駅を出発した。徐々にスピードを上げていき、レールの継ぎ目を過ぎるたびに、車体に振動が伝わり、卓也の鼓動とシンクロしていく。飛び出しやすいように、スマホを学ランのポケットにしまった。車窓から海が見え始め、卓也は心の中で、揺れと揺れろと呪文を唱えた。
車体が傾くとレールと車輪がこすれ、モンスターが苦悶するような擦過音が響きはじめた。マリメッコが大きく揺れ始めると卓也は立ち上がり、大きく一歩を踏み出した。
彼女が顔を上げた時に、彼女が見ていたスマホの画面が目に入った。何度も見ているニコットワールドⅡの画面。彼女が操っていたキャラは、白魔道士のひややっこ。卓也が息を呑んだ瞬間に、車体が大きく揺れ、卓也はバランスを失って床に倒れ込んだ。
グラッドウェルは、最初の2秒が大事だと言っている。ごく短い間に第一印象を形成し、どんなに短いだろうがそこから得た情報はある程度正しいと言っている。彼女は、チラッと卓也の方を見ると、スマホを鞄にしまい立ち上がり、背伸びをしながら網棚に残ったままのマリメッコを掴み、遠くの席に移動した。
男たちのもくろみを瀬戸内海の藻屑にする死のカーブ。今日もことでんは、ガタンゴトンとのんびりと走っている。
死のカーブは、2分15秒くらいから
https://www.youtube.com/watch?v=j7ae3F2X1Wo
【作者あとがき】
当初は、卓也が床に寝っ転がった時に、マリメッコをとろうとする彼女のスカートの中が見えて、ほくそ笑む内容であり、タイトルは「棚からぼたもち」であった。読者の批判をおそれ、最終段落が大幅に削除された。作者の第一段階の直感が働き、危機を回避したのである。
そろそろ異世界転生ものに挑戦しようと思っています。チート能力を持つ勇者に生まれ変わり、モテモテになる話です。転生でもしてくれないと、モテキャラをイメージすることができません?
テレビ朝日の番組名のパクリです。
地下鉄の通風孔の上を歩くマリリンモンロー以外で、ロングスカートがまくれることがあるのでしょうか。これまで、ミニスカートに着目していましたが、ロングスカートにも気を配るようにします。レギンスは反則です。
スズランさん
第六感は、直接認識できる五感以外の摩訶不思議な感覚だと思うので、直感そのもの。第六感が、さらに4段階に分かれていると言えます。ひょっとしたら、4段階も12段階くらいに分解されていて、マトリューシカ人形のようになっているかもしれません。
寧々こさん
80年代に、お姉ちゃん達が、セーラー服のスカートを長くしたり、腹を出したりする改造をして、先生が頭を抱えていたことと、東京のブレザーの制服をお洒落だと思う地方の女学生の意向が一致して、セーラー服がブレザーに転換しました。
リンゴさん
女子へのときめきが大きいのは、男子高生に限りません。後期高齢者になった卓三さんもときめいていました。私もときめきまくりです。突風が吹いて、スカートがまくれるのを待ち続けています。
アリスさん
高校生に戻って、お手手つないでデートをしてみたいですが、高校生に戻っても、パソコンゲームとアニメに夢中の生活を繰り返すでしょう。異世界転生もののアニメが全盛ですが、きっと、転生しても何も変わらないと思います。
またまた、残念な結果だったんだね。でも、可愛い。少年っていいね。麻雀強いのに、大負けしたんだね。
女性へのトキメキ方が大きいのね、、なんてピュアな学生さん。
確かにゲームの世界ではイベントが沢山あって参加も簡単。
なるほどそうですよね
棚からぼたもち。。実に作者さんらしい内容であ~る。
女子学生の制服気になりますね
セーラー服は少数派ですね。暑そうだし寒そうだし、時代よねー
おばちんは、髪がボハボハの女子学生が気になって仕方ありません
お母さんが、髪くらいクシですいて行きなさいとか言わないんだろうか
今は直感を四段階に分類してるんですね。
昔第六感というのが流行ったのを思い出しました。
読み進めるうちに、ひややっこがどう出るのかな?、と思いながら読み進めたら、やはり女性でしたね! 電車を使った上手いオチだと思いました。
死のカーブは、景色に癒されまくって、分かりませんでした笑。海を眺めながらの電車は気持ちよさそうでした(´艸`*)
歩いて5分ほどの塩屋と房前の間に、塩屋海水浴前という駅があったのだ。夏には、水着ギャルがわんさといたに違いない。昭和20年ごろに、廃駅になったので、ビキニだったかどうかは怪しい.
たまちゃん
第三段階は、思考や経験と結びついた、内在的類推の段階。アイデアの閃きなどが該当する。第四段階は、スピリチュアルな段階。ここは、読み飛ばしたので、たまちゃんが調べなさい。
でもおじいさんはハッピーエンドでしたが、
やはり高校生ではまだ未熟、死のカーブをモノにできなかったのですね。
これからですよ。あと60年くらい生きれば死のカーブをうまく活用して
おいしい状況を享受できるようになりますから。
ところで直感の第3と4は何ですか?(←自分では調べない人)
いいのです。二次元の世界に生きることに決めているのです。もう、ペラペラです。卓也君は、偶然、見えちゃったの。しかし、おっさんの心を持つようになるのも間もなくです。
(ちゃんと最初に香川と書いてるのは知ってますよー)
相変わらずやらしい下心満載のおっさんの心を持つ男子が(男子高校生)主人公なんですね、、、
きっと若かりし頃の(自称)貴公子さんがモデルなんだろうと、、、(●´艸`)プププーッ
>彼女にどうやって好意を伝えればいいのだろうか。SNSならいいねボタンをポチすればいいだけだし、ニコタワールドⅡならイベントもあるのに、現実世界のハードルは高い
この部分からもう二次元から抜けられないであろう住人の可能性が。。。(´・ω・`;)ファイト!
まだ、こけている人を見たことがないので、多くの人は、座って居眠りをしているのだと思いますが、こけないように気を付けるようにします。