『海の底』
- カテゴリ:小説/詩
- 2022/06/20 22:22:04
前回の日記の末尾に記載していたが、既に読み進めていた『海の底』を読了したのでパソコンをカタカタしている。もちのろん、『塩の街』も購入済みなので次回はそちらを。早く読みたいな。
『空の中』では航空自衛隊、本作品では海上自衛隊をテーマとしている。
ある日、横須賀基地にて、停泊中の海上自衛隊潜水艦『きりしお』及び基地内部に人間サイズの赤い甲殻類、レガリスが襲い掛かった。
作品内では「ザリガニ」やら「エビ」やらと言われていたが、彼らが人間サイズになり、尚且つ人間に対して殺意を持っていた場合、一番脅威となるのはやはり「ハサミ」なのだろう。子どもらを守るために殉死した『きりしお』の川邊艦長も、重傷となった機動隊隊員も、レガリスのハサミによって腕や足を切断されたのがかなりの痛手だった。読んでいるこっちも、痛みを想像して思わず顔をしかめてしまった。私、人間以外の血とか四肢切断はなんとか大丈夫だけど、人間のものはどうも…苦手です…。
海自の主人公は、夏木大和三尉と冬原春臣三尉。実習幹部である二人は、実習の成績は飛びぬけているものの、問題児として上官の頭を悩ませている。
文庫本末尾にある大森望さんの解説にも書かれていたが、『図書館戦争』を知る者としては堂上・小牧ペアを彷彿とさせる二人だった。
「夏」木と「冬」原。感情的になりやすく、優しくしようとしてもついぶっきらぼうになってしまう不器用な夏木と、人当たりが良くて器用に物事をこなしていく冬原とで、名前の通り対極的。
冬原は苗字に「冬」があるから、名前は暖かいものにしようと「春」臣と付けられている。「人当たりが良い」外面の部分は下の名前にそくしているのかな。でも、保護した子どもらへの態度は冬原の方が冷めている部分があったし、そういったところは「冬」なのかもしれない。
ちなみにこの「名前」が、本作品ではキーとなっている。『きりしお』にて保護された子どもたちの中で、唯一の女子だった17歳の森生望(もりおのぞみ)。12歳の小学生、森生翔(もりおかける)を弟に持つが、彼女らは4年前に両親を事故で亡くしており、母方の叔母夫妻に預けられている。しかし、養子縁組をしてもらえず、叔母らとの間にどうしても壁ができてしまっていた。けれども、養子縁組をしなかった理由は決して彼女たちを嫌っていたわけではなく、養育費の問題はもちろんだが、なにより「森を望み」「森を翔ける」という、両親が付けた名前を大事にしたかったのだという。
吉田茂に肖って「吉田茂久」と名付けられ、それがひどくコンプレックスだったと語る少年もいたりと、レガリス事件の解決に何の関わりもない要素だが、『きりしお』内では割と重要なキーとなってくる。
私自身も、本名はかなり考えて名付けてもらっていて、ゆえに自分の名前はとても好きだ。「名前負け」なんて考えたこともないが、親の気持ちがこもった名前というのは、少なからず子どもにとって大事なアイデンティティになっていると思う。
子どもたちの中で、中学3年生で15歳の遠藤圭介という男子が出てくるが、この子がまた良い味を出している。彼を一言で表すなら、「クソガキ!」。ビックリマークを付けたくなるほどの、それである。
まさに、自分を中心に世界が回っていると思っているタイプで、生意気とかいう次元ではない。読んでいて何度眉間にしわが寄っただろうか(笑)
でも、その歪みは毒親(主に母)によって形成されたもので。彼が母の歪さに目を背けた怠惰ももちろん大きな要因だけれど、さすがに同情せざるを得なかった。
『きりしお』の中で、苦しみながらも自分の過ちに気付いて、時間が掛かったとしても望に謝れた圭介はほんと偉いよ。ピキピキしまくってたのが嘘のように、最後泣きそうになっちゃったもの。圭介が救われて、安心したのかもなぁ。
それと、機動隊の攻防の末に満を持して登場した自衛隊。機動隊があんなに苦労してレガリスと戦っていたのに、武器を持った自衛隊が軽々とレガリスを掃討していったのには、つい私も
「何故、最初から出さないッ!」
だったよね。色んな事情が絡み合って、簡単にポンポンと自衛隊を出動させるわけにも、武器をバンバン撃てるわけでもないのは分かっているんだけど、機動隊の絶望的な戦況を見ていたらムカつきもするよね。
でも、「俺たちはそういう国の役人だ」と、機動隊の滝野は言っていた。決められたルールがちゃんとあって、それをしょうがないからと言って少しでも破ったらどんどんズレていく。ズレが大きくなってからじゃ遅いとか、そういう問題じゃないんだよね。
作中でもちょっと自虐入ってたけど、何かと不祥事で騒がれてる神奈川県警。この作品を読むと、悪いイメージが変わるかも(実話じゃないけど)。





























