タケシの武勇伝…(18)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/10/20 21:39:04
「北野くん、塙さんの責任じゃないんだ。だから責めないでくれ…」
か細い声が沈黙を破るように発せられた。いつの間にかシンさんはベッドの上で正座していた。
「塙さんは父からこの地域を任されて、代わりに問題を処理しようとしたんだ。責任は全部僕のウチにある。だから僕にも責任があるんだ。だから塙さんを許して欲しい…」
そう言うと、シンさんはその場に額を埋めた。
たとえどんなに憤りがあっても、さすがに病人に頭を下げられては怒りようがない。タケシは、ベッドの上と床の上に交互に目をやりながら浮きかけた腰をイスの上に戻した。
もちろんシンさんの言い分は分かる。だが、いくらなんでも許せる気にはなれなかった。だからといって、2人を罵倒する言葉も浮かばなかった。苛立ちの中、タケシはただ視線を床の上に落すしかなかった。
それは、タケシが損得で物事を判断する人間ではない証拠だった。
もしこんな場面ですぐに言葉が出せる者がいるとすれば、それは別の目的を持った人間だろう。いちゃもんをつけて相手から何かをせしめようとするチンピラやくざか、はたまた悪徳弁護士か、それとも支払いを躊躇う保険業者か、もしくはクレーム好きの鼻つまみ者たちくらいである。
人間は心の底から怒りや憎しみが沸いた時、容易に言葉など発することはできない。言葉よりも先に行動に表れるからだ。だから本当に怒りが頂点に達した者は、たとえ相手がどんなに強そうでも立ち向かっていくはずで、ことわざに言う【 窮鼠猫をかむ 】の状態になる。
逆にみれば、平気で人を殴れる者や罵れる者は自制心のない憐れな根性なし、あるいは別の目的を持って行動するしたたか者でしかないことになる。どっちにしても褒められたものではない。本当の意味での弱い人間とは、自らの損得を一番に考え、我慢することを蔑むだけの浅ましい者たちのことを言うのだろう。
まして、相手はきちんとタケシの目の前で頭を下げているのだ。精一杯の自制心を働かせて怒りを抑えたタケシは、やりきれない苛立ちに耐えるしかなかった。
またも長い沈黙が流れたが、その間2人は頭を上げなかった・・・
「いいっすから、頭を上げてください。謝って済むなら…」
頭を下げたままの2人と長い沈黙に耐え切れなくなったタケシは、こう言いかけて言葉を詰まらせた。母さんの言葉を思い出したのだ…
『タケシ、あたしはね【謝って済むなら警察はいらない】って言葉が一番大っ嫌いなんだよ。人間は神様じゃないんだから誰だって失敗するでしょ。なのに、この言葉は初めから謝ってる相手を許さないってことだからね。いいかい、あんたは男なんだからこんな度量のないことだけは言っちゃいけないよ。逆にそんなこと言う人間も信用しちゃいけない。この言葉は自分が心の狭い人間だって言ってるようなものだからね。わかったかい』
「頼むから早く頭を上げてください…頼むから!」
タケシが怒鳴るように吐いた言葉に2人は同時に顔を上げた。だが、今度はタケシが下を向いたまま顔を上げようとしなかった。
タケシは自分を恥じていた。自分が情けない人間に成り下がっていたのに気付いたからだ。
※※つづく※※
タケシ、男ですね…。
コレがいい所だと思います。
次、楽しみにしてます。
『タケシー頑張れ!』