Nicotto Town



自作小説倶楽部10月投稿

『恐怖が生きる町』

帽子とコートで土砂降りの雨を潜り抜けた俺はようやく目当ての建物を見つけると玄関前の短い階段を駆け上がり遠慮なく扉を叩いた。
やがて住民が動く気配がして明かりがともる。
「どなた?」
そっと扉の隙間から女が問う。
「泊めて欲しいんです。このままでは雨の中で凍え死んでしまう」俺は声を張り上げる。「怪しい者じゃない。身分証を見せます。何なら財布と一緒に預かってくれたっていい。タオルとお湯をもらえて、物置に寝かせてくれればいい」
数分の迷いの後、扉は開いた。
家に転がり込んで俺はやっと雨粒が口に流れ込むことを気にせず呼吸をした。
女は俺にタオルを渡してくれた。コートと帽子を脱ぎ、ごしごしと顔を拭く。礼を言って改めて女の顔を見るとやつれて麦わら色の髪もくすんでいるがまだ二十歳を過ぎたばかりの若い女だ。
「ここは宿屋だったんですか?」
家の構造を確認して女に訊く。
「そうよ。もともとは叔母が経営していた。小さな町だけど海はきれいで穴場だった」
「今はそうじゃない?」
「嫌な事件があってから、嫌な町になってしまったわ」
「宿帳に名前を書いた方がいいね」
女は少し驚いた顔をして玄関わきの棚から宿帳とペンを取り出すと俺に差し出した。
「この町には何の目的で来たの?」
「仕事さ」
宿帳に記名して、ついでに前のページをめくり自分が一年ぶりの客であることを確かめた。
女は台所に数分姿を消すと熱い紅茶を持って戻って来た。一口飲むとブランデーの香りが鼻孔を刺激する。
「事件のことは知っています。5年前に女の子が殺された。神様は残酷だね。でも、殺人犯は二人目の被害者に返り討ちにあって死んだんじゃなかったっけ?」
女が唇を噛み、青ざめるのがわかった。
「違うよ」
割って入ったのは男の声だ。振り返るとライフルを持った男が台所の入り口に立っていた。裏口から入ったのだろう来ている雨合羽はぐっしょり濡れている。
「最初はメアリ、一人おいてクレア、ケリー、ケリーの父親。殺人鬼はもう女の子じゃなくてもよくなったらしい。次は誰が殺されるかわからない。そうだ。お前が犯人かもな」
女が何か言おうとしたが唇を震わせただけで声が出なかった。恐怖に押しつぶされている。
「あなたは?」
「ケネス、いや、お前に名乗る名前なんて無い。俺はこの女の婚約者さ。ああ、べス。君は本当にお人好しで愚かだ。僕が駆けつけなかったら、この男に殺されていたかもしれないよ」

「俺はただの探偵だ」
言って俺は手にしていたソーサーを男めがけて投げつけた。水を吸った雨合羽は好都合に男の動きをはばんだ。ソーサーが男の額を直撃すると同時に俺は拳を男の腹に叩き込んでいた。
女―ベスの泣き声でやっと俺はソーサーだけでなくカップも放りだして割ってしまったことに気が付いた。

悪夢がどこから始まっていたのかわかりません。
ええ、私、エリザベス・ラドリーが殺人犯を返り討ちにしたと報道された2番目の被害者です。襲い掛かって来た男をたまたま掴んだ金づちで殴った感触は今でも忘れられません。でも気が付いた時には男が死んでいました。そして、みんなが私を殺人鬼を退治したと持てはやして。それなのにクレアが殺されたので、私は一転、嘘つき呼ばわりされたんです。ええ、4番目のケリーを殺したのはケリーの父親です。彼は日常的に娘に暴力をふるっていたんです。その頃には誰もが見えない殺人鬼に己の罪を擦り付けていたんです。ケリーの父親を殺したのはケリーのボーイフレンドだと思います。
メアリとクレアを殺した犯人? わかりません。いいえ、証拠がないんです。あの二人はずっと私をいじめていましたから、二人がいなくなった時、安心したんです。でも、一年前の殺人の時にケネスに言われたんです。『俺はお前のためにならなんでもできるんだ』って。ぞっとしました。それまで、不器用な人だと思っていましたが、もしかすると私の敵としてメアリとクレアを殺したんじゃないかと思うと怖くて。ごめんなさい。一年前、宿に泊めた男性がとても親切そうだったから打ち明けたんです。まさかケネスが彼を殺すとは思いませんでした。

依頼人の息子の遺体の捜索が始まることを連絡し、やっと探偵の仕事は終了した。
酒場で一杯ひっかけたかったが、住人の噂話を聞きたくなくてまっすぐ駅に向かう。当時未成年の男の犯行を証明することは難しい。見えない殺人鬼の噂はまだ町の中で生きているような気がした。

アバター
2022/11/01 18:30
宿の女性が中心にいて、殺人がループしていく。
探偵さんの早期離脱は賢明な判断だと思いました。
アバター
2022/11/01 14:41
女王蜂の世界……



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