Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー1


神戸に開店して丁度3年、その頃のラ・パルフェ・タムールは石橋の思惑通り政財界を騒がせる盗賊団の隠れ蓑としての裏の顔を保ちつつ、上流階級の紳士に快楽を提供する社交クラブとして、着々と富と力を蓄えつつあった。

ある日、石橋が久しぶりにホテルのバーで一杯引っ掛けようと座ったところ、隣の椅子がキッっと鳴って石橋の方を向いた。そちらを見た石橋は思わず息を止め、目を見張った。そこには初老の痩せた男が座っている。鍛えられた身体、シルバーグレイの髪はクルーカットで、シワの刻まれた顔に、鋭い猛禽類の目が光っている。

「軍曹殿。」
思わず昔の癖で椅子から立ち上がり敬礼する石橋の肩を隣の席の男の手が押さえ腰を降ろさせた。
「ヴィドック、随分景気がよさそうだな」
老人は目を石橋からカウンターの奥の酒棚に戻しながら言った。
「アフリカ以来だな。」
石橋は思わず微笑んだ。
「ヴィドック・・・。懐かしい名前です。」
当時フランス外人部隊では、偽名を名乗るのが軍則であったのだ。
その呼び名はあの頃の事を石橋の脳裏に一瞬にして蘇らせた。自然と二人は過去を思う遠い目になるのだった。
「チャドのゲリラ戦を生き抜いた。たいしたもんだ。」
「いいえ。軍曹殿がいなければ私はこんな所で飲んではいられなかったでしょう。」
「そう固くなるな、今はただの爺だ。」
はははっと、大きく笑って振り返ると、老人が石橋を見据えた。石橋も思わず老軍曹に向き直り、この場でこの戦友に出会ったのが決して偶然ではない事を悟った。
「ヴィドック、いや、今は石橋と名乗っているんだったな。」
「はい、そうであります、軍曹殿。」
石橋はすっかりチャド時代に戻っている。
「その軍曹殿はやめろ、林でいい。」
老人が、また笑った。
「はい、・・・」
と言いかけて石橋はその続きの言葉を飲み込んだ。

「何も、昔話をしにきたわけではない。」
グラスの酒を、一口飲んで、林が口を開いた。
「10年ぶりに会って、全く藪から棒だが、頼みがあってきた。」
石橋は、林の生気の無い土気色の横顔と、10年前に比べ目に見えて痩せた肩を見つめた。
「林さん、もしや、お身体を悪くされているのではないですか?」
「後、2ヶ月と宣告された。」
グラスに目を落として、林は淡々と続けた。
「好き勝手をしてきた人生にツケが回ってきただけの事だ。悔いは無い。しかし・・・」
老軍曹が顔を上げ石橋に目を移した。
「・・・しかし、ひとつだけ、心残りがある。」
この老人が石橋を頼ってきたのには口にできない苦悩があったに違いない。
石橋は黙ってその先の言葉を待った。

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2022/11/10 23:19
おお~日本の設定で外人部隊の経験がある渋いキャラクターなんですね。
昨日2人で話した時に言っていた物語なのかな??
石橋さんが気がかりなのはどんなことなのか・・・
先が早く読みたい~(´▽`*)✨
アバター
2022/11/10 20:59
こんばんは。
短編小説になるか長編小説なのか・・・。
ポチッとな凸




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