Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れ2

「子供をひとり引き取って欲しい。男の子だ。」
突然の話に石橋もさすがに戸惑った。
「・・・それは、藪から棒でありますな・・・」
思わず言葉が途切れる。
「・・・男の子・・・ですか?」
「わしの娘の子でな、今年6歳になる。わしに似て機械いじりが好きな子だ。」
林は細い目をいっそう細めて静かに話を続ける。
「父親はいない。娘も去年死におった。」
石橋は、戦場で何度か見せられた軍曹自慢の娘の写真を思い出した。彼女が、林に残された唯一人の家族だとも聞いていた。
あの娘さんが、亡くなったのか。
林の悲しみは一通りではなかっただろう。
石橋と林は激戦地で一緒だった。オペレーション・チャド、傭兵にとってはあまりに犠牲が多く仲間内でしか語られない戦場だ。その時の軍曹が自分に頼みに来ている。この老人は、みなまでは知らずとも、自分が今、堅気の生活をしていない事は承知しているであろう。それでも石橋を選んだ背景にはそれなりの止むを得ない理由があるに違いない。
石橋は断れないと思った。
「で、そのお孫さんは?」
「ロビーで待たせておる。」
林は安堵のため息とともに立ち上がった。その顔は激戦チャドを生き抜いた老兵士のものではなく、死を前にした一老人のものだった。

夕刻のホテルのロビーは丁度チェックインの客たちで混み合っていた。ロビーに着いた林が伸びをしながらラウンジに向かって右手で合図を送る。すると男の子が一人、人混みをするすると避けながら走り寄ってきた。
「この子だ。今見たようにすばしっこい。」
「どうだ頼めるか?」
その少年は10年前に見た写真の娘とよく似た男の子だった。日によく焼けたまだあどけない顔に、子供とは思えない鋭い目が光っている。まだまだ今は細い子供の体だが、骨格は祖父譲りで太いらしく、成長とともにたくましい体付きになっていくと想像できた。少年はその小さな背中に、不釣合いなほど大きなリュックを背負っていた。すでに、林に言い含められ、身の回りを纏めて来ているのであろう。石橋は腹を括った。
「わかりました。」
林は、満足そうにうなずいて、少年に向き直った。
「要、ここからはこの人と行け。わしとはお別れだ。」
心細げに見上げる孫の髪を枯れ枝のような手でなでる。
「最後に一つだけ言っておく。」
「生き残れ。なにがあっても生き残れ。」
そう言うと老人は少年の肩に手を置いて石橋のほうに押しやるのだった。
子どもの前にしゃがんだ石橋は右手をその子の頭において言った。
「名前は要というのか?」
「林、要。」
「そうか。じゃあ要、今から私がお前の上官だ。」
「はい。」
石橋は林を振り向いたが、老軍曹の姿はそこには無く、すでに人ごみの中に消えていた。
「ご武運を」
石橋は、人ごみに向かってそう呟いた。

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2022/11/11 09:44
こちらのお話も続きが見れて嬉しいです~✨
娘さんの忘れ形見のお孫さん、要君が登場ですね~。
元気で賢そうな要君がお話の中心になっていくんでしょうか?
続きが気になります~(>_<)




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