Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー7


整備が終わるとようやくバイクに乗せてもらえる。
甘い考えで要は初めて自分のバイクに跨ったが、足が爪先状態になって見事にバランスを崩してこけてしまった。要は倒れた車体の真ん中を抱えて必死で起こそうとしたが、重いバイクは頑として持ち上がらない。原田は見かねて要を脇へ押しやった。
「見ていろ。」
原田はハンドルを反対側へロックすると、要のバイクをヒョイと持ち上げて起こしてしまった。あっけに取られている要を振り返って言う。
「バイクは持ち上げようなどと考えるな、梃子の原理を利用するんだ。」
「どうやったら、こかさずに乗れるんですか?」
「簡単さ、バランスだ。要、そこでバイクを8の字に押してみろ」
要は言われるようにバイクを8の字に押そうとしたが、これがなかなか難しい。自分のほうへ傾けていると重くて歩けないし、反対側に傾けると自分がバイクに引っ張られてこけてしまう。要はふらふらガレージの中を回りながら、それでも何度も繰り返すうちに、バイクは垂直に立てているほうが軽いことがわかってきた。それにつれ、最初のぎこちなさは消えていった。
「どうやらわかってきたな。」
原田は笑いながらも、その日はとうとうバイクに乗せてはくれなかった。しかし要はそんなことにも気づかず時間が経つも忘れて必死にバイクを押すのだった。
「これができたら乗れるんだ」
という思いが強かったのだ。
次の日、原田がエンジンの組み立てをやっている間、要は自主トレに励んでいた。いつもは質問攻めの要が一向に寄って来ないので、気になった原田が様子を見に行くと、要は転んでは顔を真っ赤にしてバイクを起こし、わき目もふらずに8の字に挑戦している。笑いながら戻ってきてエンジンの作業を進めたが、やがてガレージに原田の思い出し笑いが響いた。

好きこそものの上手なれとはよく言ったもので、案の定その次の日、
「原田さん、見て。」
要がニコニコしながらガレージに駆け込んできた。
「よし、できたんだな」
この言葉には意味がある。中途半端だと承知しないぞ、という意味だ。要につれられてビルの駐車場に出た原田は口元に笑いを浮かべながら、やってみろとばかりに腕を組んだ。
要は原田がちゃんと見てくれているのを確かめてから、バイクの横に立ってハンドルを支えるとサイドスタンドをあげた。
バイクを押し出した要の背筋は伸びてなかなかサマになっている。バランスもいい。原田は3周ほど回すのを見て満足そうに頷いた。要の方へ行くと
「よし、エンジンを掛けようか。」
と言った。
「はい。」
要は喜びに顔を輝かせて、バイクに跨った。同じ爪先立ちでも今日は微妙にバランスを取ってこの間よりずっと安定している。
「メインスイッチを入れて、セルを回せ。」
「はい」
要が嬉しそうにキーを捻ってセルボタンを押した。
ポロンポロン、ポッポッポ、
心地良い音がして2サイクルのエンジンが始動した。子供専用のバイクにはクラッチがない。オートマの自動車と同じ理屈で、右足でブレーキを踏んだままアクセルを吹かせるとバイクは前に進もうとするが、止まったままだ。
「少しずつブレーキを緩めてみろ。」
原田の指示が飛ぶ。ブレーキをすこしずつ緩めると、バイクが進み出す。すると、地に付けていた左足が置き去りになってバイクはバランスを無くしたちまち転倒した。要はとっさに体を躱した。原田は笑いながら見ているが、手助けはしない。要はすぐにエンジンキーを切りバイクを起こした。

原田が、ウンウンと、頷きながら声をかけた。
「思い切ってアクセルを開けてみろ、走り出したら転倒しない。」
原田の言葉に要はハイと元気に返事をしてバイクに跨り直した。
さっきと同じ動作を繰り返して、今度はさっき以上にアクセルを回すと、とたんにバイクは走りだし要は左足をステップにのせた。
要が初めてバイクを走らせた瞬間だ。要は、得意そうに駐車場を道路に向かってそろそろと進んだ。
しかしながら、まっすぐは走りやすいものだが、ゆっくりと曲がって戻ってくるのは難しい。
「ガチャン。」
案の定、要はバランスを崩して転倒した。予想通りの結果に涙を流さんばかりに笑っていた原田は
「さっさと起こしてこっちへ来い。」
と、大声を出した。
要はエンジンを止めてバイクを起こし原田のところまで押してきた。
「さぁ 要くん、バイクは転けるものだということがわかった事と思う。そこで、一つ提案があるんだが。」
悔し涙を目にいっぱいためていた要は原田を見上げてその続きの言葉を待った。
原田は自分のバイクに跨った。アイドリングだけで前に進むとバランスをとりながらブレーキを上手く使って8の字を描く。
「次はこれをやってみろ。」
要の肩を叩きウインクして、自分の作業場へ向かった。
「はい、がんばります」
要の声を背中でうけて原田は右手をあげた。
それから1週間、原田は誰にも邪魔されることなく、遂にエンジンを組み終えることができた。

アバター
2022/11/18 00:40
バイクは倒れると起こすのがたいへんだとか。
白バイ隊のテレビで見ました(´艸`*)
だから女性は無理かと言われてたけど今は女性隊員さんいるんですよね。
あながち私の夢も妄想ではなかったか・・・とちょっと嬉しかったです(●´ω`●)

お話のバイクに関する描写がとても細かくて丁寧ですね。
しーちゃんもバイク乗っていて詳しいのかな?
要君熱心に練習して上達が早そうです。
熱心だと教える方も嬉しいだろうし、原田さんも楽しんでいるみたいですね。




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