Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー8

興津が担当するバランス感覚と基礎体力に、原田のバイクを使った実践的バランス訓練が自然と追加された形になった。要はたちまちバイクのとりこになり、朝一番からでも乗りたがる。しかし、
「あっちが先だ」
原田はすがる要をすげなく興津の訓練に追い返すのだ。
要はバイク乗りたさに興津のカリキュラムを早く終わらそうと躍起になった。要が集中するおかげで、梯子のトレーニング時間はだんだん短くなりだした。そのうちにジムでカラ~ンと梯子の倒れる音がすようになった。今まで床に並べておいてあった梯子が立てられているのだ。興津が指揮棒を振ると要はそれに従って垂直、水平に移動する。体重を梯子に残したままだと梯子は倒れる。その音だ。もちろん倒れるのは梯子だけとは限らない、2メートルの梯子の上から落ちれば打撲もするし擦り傷も耐えなかった。梯子がマスターできたとすると、興津は次の課題を入れていく。それは、バランスボールからロッククライミングへといろいろ増えていった。
それでも要は、音をあげずに次々に課題をこなしていく。
これが終われば楽しいバイクなのだ。思う存分走る事が出来る。速く走り過ぎて原田に怒られることはない。抑えつけられている分、好きに走って発散できるのだ。

就学年齢に達している要であったが、石橋は少年を学校へやる気はなく、一般教育は梶に任せる事にした。
興津のトレーニングと原田のバイクのあと、レストランが開く前までの間、梶の一般教育の講義があるのだが、要にはこの男がどうしても好きになれなかった。
石橋が田中に無理やり押し付けられた男だが、梶はいろいろな分野において博学であった。しかし、それがイコール優秀な教師とは限らない。勉学に時間を取られるのは無駄だと言わんばかりに梶はものすごい速さで初等から高等教育を要に詰め込もうとした。それが、楽しいはずがない。早朝からの訓練続きで疲れているところに面白くも無い講義だ。眠くてしようがない。が、眠ろうものなら、嫌でも目が覚めるムチが飛んで来る。それも一度や二度ではないのだ。
ラ・パルフェ・タムールは決して勉強を教える学校ではなく、盗賊養成所だという観点から、梶は、錠前破りの訓練を追加した。梶は指の感覚でほとんどの錠前を鍵無しで開ける事が出来る。要にとってこの実技は勉強よりはマシ、としか言いようがなかった。確かに退屈ではないのが、梶はいっそう厳しくなる。鍵穴に傷をつけたり、時間内に鍵が開かないと、ムチが待っているのだ。
この男の辞書に手加減という文字は無いに違いない。細いムチで要の背中を力任せに打つ。梶にとって、相手が子供であろうが大人であろうが関係は無いのだろう。梶は間違いなくいたぶる事を愉しんでいるのだ。

一般教養が大体終わるころから、梶は要に美術品や宝石、高級品の教育を始めた。要は始めて接する芸術の世界に魅了された。
「良い作品を見極める為には多くの良い作品を見るのが一番だ。」
芸術の話になると、梶の顔から残忍さが消えるのも面白い。この男は、芸術だけは愛しているのかもしれない。ある日、フランスの古典絵画の講義になったとき、美術書をくっていた要は祖父が部屋に飾っていた複製の絵が、フランスの巨匠の作品と初めて知った。
「それはルノワールだな。本物はパリのオルセーにある。」
要の手元を覗き込んで梶がこう説明した。
ルノワールもパリも要の知らない世界だ。ただ、要は柔らかいタッチの絵の中でピアノと戯れる少女たちが好きだった。いつかは本物が見てみたい、そう思うのだった。要の心の内を知ってか、梶が続けた。
「海外には日本では信じられないような大規模な美術館が多くある。」
「いつか機会があれば、行ってみるといい。」
原田とツーリングに出る以外、ほとんどこのビルを出ることの無い要にとって、海外という言葉は想像を超えていた。そこにはなにがあるのだろう。幸せだろうか。自由だろうか。
まだ見ぬ遠い異国を想いながら要はいつかはその地を自分の足で踏みしめたいと思うのだった。

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2022/11/18 00:45
やはりそういう組織でしたか(ФωФ)
しかし、その目的やいかに?
一般教養を大量に一気に覚えようとなったら大変だろうな~。
そして、昨日あたりでやっと気が付きましたが、
要君は要さんと同じ名前でしたね。
何か繋がりがあるのかな?




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