Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー12

ホテルの裏に隠れるように建てられたビルの4階に神戸の店はあった。ビルの3階までは保険会社の代理店や、弁護士事務所が入居していて、それらの看板が入り口に見受けられたが、石橋の店の看板はどこにもない。窓はもちろんあるのだか厚いカーテンが引かれていて、そこにレストランがあるなどとは誰にも気付かれない。

石橋は店の名前を「ラ・パルフェ・タムール(La Parfait Amour)」とした。フランス語で、「完全なる愛」と言う意味だ。
一流のシェフを雇い、美しく賢い女達をそろえる。彼女達を情報収集のプロに訓練するのは石橋の得意とするところだ。厨房以外の従業員は梶、原田、興津の他、必要最低限に抑えた。秘密を守る為の少数精鋭主義だ。

レストランの経営は紐育倶楽部の肝いりで順調にスタートした。開店当初は倶楽部の紹介で客が訪れて来る。

ビルのロビーから専用エレベーターで4階まで上がるとタキシードに身を包んだ梶が客を迎える。落ち着いた、いかにもマネージャーらしい雰囲気を漂わせている。

予約の客が現れると梶は丁重にダイニングへ案内する。踵がすっかり沈んでしまう毛足の長い絨毯を敷き詰めた廊下を通ってダイニングに足を踏み入れると、その豪華さには目を見張るものがあった。4階と5階、2フロア分を使った贅沢な作りで、フロアの真ん中に置かれた3抱えほどもある大きな花瓶に派手な生花のアレンジメントが飾られ、その真上に高い天井から吊り下げられたスワロフスキー・クリスタルのシャンデリアが虹色の幻想的なきらめきを演出している。そこに、モーツアルトが静かに流れているのだ。

この店にメイン・ダイニングルームはない。全て個室だ。花瓶とシャンデリアを中心にして円を描くように個室が幾つも並んでいる。どの部屋にも分厚いビロードのカーテンが重く下げられているのも、フロア全体が必要以上に薄暗いのも顔を合わせるのを憚る客達への配慮だった。
上流階級の紳士達はここで人知れず一刻の寛ぎ「完全なる愛」を堪能するのだ。

案内された個室に入ると、指名したコンパニオンがおおらかに客を迎える。梶は客が女に満足しているのをそれとなく確かめながら、その日のコースを手短に説明し、食前酒を選んで勧めるのだった。ソムリエの資格を持つ梶の知識と舌には定評があり、殆どの客が彼を信頼している。

梶が小部屋から出てくるのと入れ替わりに小柄な興津が前菜を運んでくる。パリで修業したシェフが自信を持って出す料理である。ポタージュ、ポアソン、アントレとフルコースが次々とワゴンで運ばれ、その皿をコンパニオンが客の前に優雅に置く。コンパニオンと呼ばれる女達は酒以外はほとんど何も口にしない。彼女達は誰もが、そのまま高級クラブのママとしてやっていけるだけの品と器量をもった女たちだ。上流階級の男達の話し相手をする気転と頭脳も兼ね備えている。客が彼女達を気に入らないはずはない。

大抵の場合、ソルベが運ばれてくる頃には商談がまとまり、客と女は奥へと姿を消す。ロティーのワゴンを押して給仕がビロードのカーテンをくぐると、部屋は裳抜けの殻というわけだ。
そう、このレストランには表のホテルへと人知れず通り抜けることができる隠し廊下があるのだ。

客達は美食に舌鼓をうち、美女達を抱くと、一様に完成度の高い店のサービスを賞賛した。神戸にふさわしい精錬された社交クラブとして紳士達の間で名が通っていく。石橋はその中からお得意様、つまり情報源を選んでいった。



ラ・パルフェ・タムールの経営が波に乗るのには1年もかからなかった。
紐育倶楽部の後押しがあった事も否めないが、石橋は田中に勝るとも劣らないやり手の男だったのだ。関西を中心とした政財界の情報が面白いように石橋の手の中に転げ込んでくる。始めのうち、石橋はこの情報を自発的に田中に流していた。倶楽部も石橋の要請に応えて、必要な情報を送ってくる。支店で無いとはいえ、神戸と東京は情報を交換しつつ相互の利益を上げていく暗黙の了解があったと言える。

そんなある日、コンパニオンの一人が石橋にとって興味深い話を客から聞きだしてきた。彼女の美貌と2本目のドンペリに酔った著名な画廊オーナーが、ある会社会長に鑑定を求められて目にした古典絵画の自慢話を始めたのだ。それは印象派の巨匠が描いた習作の一つであった。
近くではランダムな色の模様にしか見えないこの絵画が後ろに下がるにつれに美しい大輪の花を映し出していく様をオーナーは自分の持ち物のように熱く語った。
金に飽かせて手に入れたこの絵を会長はどうやら賄賂に使うつもりらしい。
「芸術のげの字も知らん俗物だ。」
オーナーは吐き捨てるように会長を罵ったと言う。
そんな事はどうでもいい。
これこそ石橋が待ちに待っていたターゲットなのだ。

石橋は直ちに裏づけを取り、計画を練った。
梶と興津を下見に送りこむ。賄賂が贈られる先の府議会議員の特定。絵が端から第三者に買い取られる条件で贈られるという事実。絵の値段は一億。取引の日程の確認。
石橋は迷った末にターゲットをキャッシュに決定した。フランスの誇る印象画家の秀作も捨てがたいが、最初のヤマのお宝は祝儀として団員達に分け与えたいと思ったからだ。これからの士気が高まる。絵はまたチャンスが来るだろう。
ターゲットが府議会議員の金庫と決まると全員が集められ調査の結果を元に細かいプランが話し合われた。
事務所の入居する建物の図面と付近の路面図が用意された。警備員の人数と、見回りのルート。キャッシュは、銀行員が取りに来るまで事務所に供えられた金庫の中に収められる。金庫は鍵とダイヤルの併用で鍵は府議会議員が肌身離さず持つ一つだけ。それは丸筒型特殊鍵で、複製は難しい。
石橋はぴりぴりする緊張感の中に言いようの無い快感を感じるのだった。



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2022/11/25 22:52
しーちゃんいつもありがとうございます
ヽ(=´▽`=)ノ
笑顔の土日になりますように
今日もありがとう
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2022/11/25 18:25
むたちゃ おはよ~^^ いつもありがとうね~

ころねちゃ こっちにもコメをありがとう
  (*´艸`) 楽しんでね~
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2022/11/25 10:38
キャッシュという言葉にちょっとときめきました✨
府議会議員というところも、しーちゃんならではかも?
金庫開けるには鍵とダイヤルどちらも必要・・・難しそうです。
スリル満点(#^.^#)
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2022/11/25 07:13
しーちゃんおはにゃ^^




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