Nicotto Town


しだれ桜❧


時の流れー13

計画決行の夜も、ラ・パルフェ・タムールはいつものように営業していた。紳士たちを迎え、美女と美食を提供する。
最後の客が去った無人の小部屋で、興津が食器の片付けにかかった。
しかし、ロビーでは梶が時計を気にしていた。時間が押している
先ほどまでこの部屋でコンパニオンに鼻の下を伸ばしていた県議会議員は食欲も旺盛で、驚いた事にアントルメのフランボワーズムースまで平らげていったからだ。
「早くしろ」
遂に梶が小部屋を覗きに来た。
ラ・パルフェ・タムールの営業時間は11時まで。県議会議員のおかげで時間は既に真夜中を過ぎていた。1時までに大阪市内の府議会議員事務所に着いていなければならない。ターゲットの1億は今晩一晩のみ事務所の金庫に保管されている。事務所の間取り、警備員のスケジュールの穴、綿密に計画された最初のヤマだ。一分の誤差も許されない。
「この分だと、原田に10分ほど稼いでもらわなければならないな。」
梶はそうつぶやきながら、タバコに火をつけたい衝動を抑えるのだった。

梶と興津が車に滑り込むや否や原田が車を発進させた。
「金庫の鍵だ。3時までだぞ」
石橋が後部座席から梶に鍵を渡す。複製を取れないなら、オリジナルを借りるしか無い。石橋は人脈を使い、府議会議員その人を客としてその夜ラ・パルフェ・タイムに招いていたのだ。いつも持ち歩いていると言っても首から鍵を提げているわけではない。女達と遊んでいるときは当然無防備になる。
「12時から3時間、知られぬように鍵を失敬しておけ。」
石橋は若いコンパニオンを2人選び、こう命令した。
食事が済み、ホテルの部屋に入るとコンパニオン達は言葉巧みに府議会議員を風呂に導く。
骨抜きにした府議会議員から彼女達が鍵を手に入れるのに10分とかからなかった。

道路は時間が遅い事もあり、すいていた。高速をおりてからはあらかじめ調べてあった裏道路を巧みにすり抜けて、目的の府議会議員事務所近辺に着いたのが予定の午前一時ジャスト。事務所の向かいの建物の前でそれこそ一瞬スピードを落とした瞬間に梶と興津は外に滑り降りた。原田は何もなかったようにそのまま車を転がしていく。
2つの黒い影が事務所の向かいの雑居ビルに吸い込まれていった。こちらの鍵は用意されている。通用口から中に入ると二人は非常階段を一気に屋上まで駆け上がった。さすがに二人の額に汗がにじむ。それを夜風が心地よく撫でていくのだ。
「さあ、お楽しみの始まりだ。」
梶が興津を振り返って言った。




細い路地を隔てたビルの屋上に二つの影が見える。一つはボウガンのようなものを組み立てている。興津だ。やがて組み終わったボウガンで府議会議員の事務所が入るビルの屋上に矢を打ち上げる。矢が風を切る音が2回かすかに聞こえ、ロープの端が鉄塔に固定された。興津はしばらく耳をすまして様子を見る。真夜中の静寂が戻ってくる。時計をみると1分ほど押していた。

興津がすぐにロープに手をかけモンキースタイルで隣のビルへと渡っていった。それを確認するとその後に梶が続く。非常階段へとつながる扉の前にかがみこむと、手慣れた手つきのピッキングで難なくその鍵を開けた。

興津が先頭で忍び込む。2人は建物の配置を頭の中に叩き込んでいた。スルスルと影が音もなく動く。もうすぐガードマンがやってくる時間だ。それまでに給湯室の上の点検口に潜り込むのだ。

身の軽い二人は目的地に楽々納まって気配を消した。その時エレベーターの動く音がしてガードマンがあがってきた。ピンポーンの音と同時に扉が開く。

「5階に到着。」
几帳面なガードマンが無線でステーションに報告した。時間通りだ。
カツン カツン。靴の音が深夜のビルに響く。時折、ガチャガチャとドアのノブを試す音が聞こえた。いちいち施錠鍵をチェックしているらしい。

「異常なし。」

「了解。」

ジャッと無線の切れる音がした。

5階の見回りを終えたガードマンを乗せて、エレベーターがヒューンと階下に降りてゆく。
すかさず動こうとする梶の肩を興津がぐっと押さえた。しばらくすると、もう一度エレベーターが上がってきた。

中から出てきたガードマンはさっき下りて行った同僚と同様に5階を一巡する。そして、
「異常なし。」
と言ってからエレベーターに乗って降りて行った。
フロアに静けさが戻った。

「ダブルチェックだ。」
興津はニッと笑ってようやく点検口を抜けだした。梶もそれに続く。2人は目的の府議会議員の事務所の鍵を難なく開けて中に滑り込むと、中から施錠した。

議員ご自慢の金庫は奥の執務室にある。シリンダー錠とダイヤルロックのコンビネーションだ。それにしても金庫を過信するあまり警報装置を付けていないのが、なんともお粗末だと言える。複製の難しい円筒錠は、オリジナルが手の中にある。梶が金庫の前にかがみこんでダイヤル解除にかかった。それまでしていた手袋を外すと薄いラテックスのものにはめなおす。ダイヤルを右へ左へと回しながら、扉から伝わるわずかな音とダイヤルを摘む指先の感触で正しいコンビネーションを見極めるのだ。興津は袋を開いたまま、緊張気味に金庫と格闘している梶の背中をみつめた。金庫に覆いかぶさる梶の顔は見えない。それでも沈着冷静なこの男がいつになく焦っている汗の匂いに興津は気がついた。

「ふうっ」
ようやく梶からため息が漏れた。梶が身体を右に寄せると、大きく開かれた金庫の扉と、中に積み上げられた札束が目に入った。

興津がちらっと時計を見る。予定よりも1分短い。ここまでは、まずまずだ。1億の金を興津が2つの袋に詰め分けてる間に梶は金庫を閉めてダイヤルと施錠を元通りにした。

二つの袋を2人がそれぞれ背中に負うため、持ち上げた時、突然エレベーターの動く音がした。
誰かがあがってくる。二人は身を固くした。

通常の見回りではない。次の巡回まで、30分以上ある。また、ひとりか?興津は耳に神経を集中た。
いや、今度は2人いる。興津は頭の中が透き通るのを感じていた。この透明感はなかなか味わえない。ある意味エクスタシーだ。

エレベーターホールから近づいてくる二人の声が聞こえる。
「ついさっき、ちゃんと見回ったゆうてんのに、うるさい人やで」
「なんか、やばいもんでも隠しとんちゃうんか」
「お偉い先生ゆうのんは好き勝手やな」
「ああ、今頃ええ酒のんでエエことしとるんやろ」

どうやら、議員秘書辺りから再度見回りの依頼がきた様子だ。興津は梶の袖を引くと窓際のソファーを顎でしゃくった。梶は袋をソファーの下に押し入れ黒茶色い布を被りながら自分も潜り込んだ。手品師がただの布を箱に見せかけるギミックの付いた布だ。ソファーの下を誰も入れない空間に見せるのだ。興津は、やはり布を被りながらどう見ても子供しか入れそうに無い小さなロッカーの中にするりと身体を収めた。

2人の足音がだんだんと近づいてくる。そして、事務所のドアの前で止まった。

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2022/11/27 14:38
今週もお世話になりました<(_ _)>
お祝いコメントありがとうございます(人''▽`)☆
今回のニコ店はヒヤヒヤしました(;'∀')
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2022/11/27 08:17
しーちゃんおはにゃ^^




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