自作小説倶楽部11月投稿
- カテゴリ:自作小説
- 2022/11/30 20:01:03
『男運』
彼女はテーブルやソファに汚れが無いか確かめ、染み一つないような白い手袋の手首のあたりをいじりながら僕に尋ねた。話をするためファミレスに誘うと、「そんなところ」と不快な顔をされた。実家が金持ちで、大学に通うのにマンション一部屋とお手伝いさんが与えられる身分だからファミレスなど利用しないのだろう。ウエイトレスが注文を聞きに来ても、私はいいわ。と言ったので僕がコーヒーとケーキを頼んだ。
テーブルで向かい合わせに座ると瞳は落ち着きなく動き、僕に向ける嫌悪感は隠しきれていない。隠す必要もないと思っているのかもしれない。
聞くところによると彼女は高校生のころ校内で『いかがわしい』本を回し読みしていた男子たちを取り巻きたちとともに糾弾したらしい。被害に遭った男子の一人は学校に来なくなったという。彼らが立ち直っていることを願わすにはいられない。
それはさておき。
僕は自分が巻き込まれた問題を解決しなくてはならない。
こんな女に僕の友達が惚れて、結果振られた。それ自体は喜ぶべきことだが、不愉快な誤解は解いておかねばならない。
「僕とKに関して君が信じていることはすべて誤りだよ。君を騙そうとたくらんだことも無い」
「言葉では何とでも言えるわ」
「世の中には確かに嘘が多い。しかし君に必要なのは嘘を裁くことじゃない。良い嘘と悪い嘘を見分けることだよ」
「汚らわしい関係を隠していることの何が良いのよ」
「今の発言の問題点をいずれ君が後悔することを願うよ。でも今議論すべきなのは君の差別意識じゃない。君は確かに美人だからモテる。でも特定の相手と長続きしたことは無いよね。自分は男運が悪いといつも愚痴っていると聞いたよ」
「あなたはストーカー? 付きまとうなら弁護士を通して警察に訴えるわ」
「今だけだよ。大学が近いから道ですれ違うことは今後もあるかもしれないが、話を聞いてくれれば君の顔もきれいに忘れる自信がある」
彼女が黙ったので僕は話を続ける。
「君の男性不信には同情するべきところもあるけど、君自身にも問題はある。君は他人の気持ちいい言葉しか聞かず本質を見極めようとしない」
「男なんてみんな嘘つきでセックスのことしか考えていないのよ。私が初めて付き合った男もそうだった」
「何かあったか知っているよ」
そのまま立ち上がろうとした相手を僕は言葉で押しとどめる。
「彼氏が浮気していると友達に聞いて、話し合うために彼氏の家を訪ねると玄関で彼氏と見知らぬ女が抱き合ってキスしている現場に遭遇した」
「誰がそんなことを話したのよ」
「情報源は最後に種明かしするから、浮気に関して元彼が何と釈明したか聞かせてもらえるかな」
「馬鹿らしいわ。女に襲われたとか。被害者は自分だとか」
「君が元彼を信じなかった理由は?」
「女性が男性を襲うわけないじゃない」
「それを言ったのは君の親友の二人だろう? そして元彼の家に行くべきだと主張したのも彼女たちだ。ようっく考えてごらん。歴代の彼氏たちとの交際に文句をつけて、あることないこと吹き込んだのは彼女たちだろう」
「リサとカナは私のことを思って忠告してくれているのよ。二人が私を騙すはずないじゃない」
親友を支持する彼女の語尾が震えた。思い当たることはあったのだろう。
良識のある人間なら彼女と「お友達」でいることを良しとしないだろう。残っている取り巻きたちは彼女が使うお金のおこぼれを期待する連中ばかりで、特にリサとカナは高校時代から彼女を搾取している。
「その二人は君の潔癖な性格につけ込んで男性への不信を吹き込み、彼氏たちの欠点を暴露したり、ネタがなければ最初の彼氏のように陥れた」
「そんなの、おかしいわ。二人にとって何のメリットもないじゃない」
「簡単だよ。最も君の近くで、君を大切に育てたお父様が二人を雇っているんだ。娘に悪い虫が付かないようにね。しかし、君のお父様には自分以外のあらゆる男が害虫に見えているんだろうね。父親の執着は君も理解しているだろう? だから滅多に実家に帰らない。でもね。君の生活はすべてお父様に筒抜けだよ」
「ありえないわ。証拠はあるの?」
「過去の彼氏たちの事件は立証しようがないけど、僕たちのことに関しては証言を集めて発信源のリサとカナを揺さぶったら、あっさり白状したよ。君の恋愛遍歴も二人から聞いたんだ。すべて録音済。二人ともいつまでも君のお守りを続けられないとわかっているからだろうね」
彼女は真っ青な顔で震える。ショックで立てないようだった。しばらくすると携帯電話を取り出して猛然と操作し始める。
僕は黙って冷めたコーヒーを飲み、ケーキを3口で食べ終えると伝票を手に席を立った。彼女が誰と連絡を取ろうとしているのか興味はない。
もはや僕と友達のKに関する嘘も頭から消えているだろう。やれやれ。他人の趣味や恋愛嗜好は自己責任なら介入する気はないが、僕とKが同性愛関係だという嘘を広めるのだけは我慢ならなかった。
親友さんがしないでいい後始末、お疲れさまでした。
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なかなかよい挿絵になりましたので、ぜひ、ご覧ください^^