刻の流れー15
- カテゴリ:自作小説
- 2022/12/05 02:18:39
バイクの選び方にもTPOがある。高回転域を使うピーキーなエンジンはそれを維持できるコース上ではいいが街中だと特性を生かしきれない為ツーリングには向かない。その点、大排気量特有の太いトルクのある750はある意味オールマイティだ。多少の回転不足もアクセルを開ければカバーしてくれる。しかし大きく重い分、右に左にと言う切り返しがどうしても遅くなる。また、慣性の法則も忘れてはならない。コーナーに突っ込めば突っ込むほどブレーキングがシビアになるのだ。しかし、750のそういった難点を不問するものがある。それが男の本能だ。やはりマシンは大きくて速い物が魅力的なのだ。案の定要は一度乗り始めると750の虜になってしまった。
18歳になった要は現場でいちいち興津や梶に指示を仰がなくとも、適切に行動できるようになっていた。これに伴い、訓練に割かれる時間は目に見えて減っていった。高等教育までの一般教養も鍵開けの訓練もすでに終了し、梶と過ごす時間が激減したのだ。興津とは一緒に自主トレーニングをするのみになっていたし、原田と一緒にバイクを走らせるのも月に数えるほどだった。
CB750を手に入れてからと言うもの、要はそれまでにも増して、好んで一人でツーリングに出かけるようになっていた。今はもうバイクもそれなりに乗りこなし、故障すれば修理もできる。さらに行動範囲が広がったのだ。
こうなると、自然と新しい出会いがある。ツーリング先で知り合った同年代のバイク仲間もできる。それまでの知り合いは、ラ・パルフェ・タムールの大人達だけだった要にとって、これは新しい経験だった。
ただ、どのグループに入っても要は決して目立とうとはしなかった。
「決して目立つな、人の中に溶け込め。」
「顔を覚えられるな。」
それが一人で外出を許可する代わりに要に与えられたボスからの命令だったのだ。
一人でツーリングと言っても、もちろん遊んでいるのではない。ツーリングの目的は新しいヤマの偵察や、下調べだ。目標の近辺に時間帯を変えて何日も通い様子を探る。何度も出向いて顔を覚えられないように変装をして行くのだ。もちろん乗るバイクも車もその都度変える。
19歳の誕生日を数ヵ月後に控え、訓練はほぼ終了していても、要は店ではまだまだ子ども扱いされていた。なんでも一人前に出来ているつもりなのに、店の中では自分より数段上のエキスパート達に頭を押さえられている毎日だった。それに比べて外はなんて気軽なんだろうか。自由な空気に触れて、自然と要は自分のことを考え始めるのだった。しごかれている間はそんなことを考える余裕が無かった。それが外に一人で出ると違ってくる。偵察の為に訪れた喫茶店でマスターが声をかけてくれる。ウエイトレスに服装や髪型を褒められたりもする。お世辞や社交辞令を知らない要だ。若いだけに自分は特別な人間だ、なんでもできるんだと思いあがる。
「このままでいいのか?これじゃ泥棒のパシリじゃないか?」
おれはこのままじゃ終わらない。きっといつか・・・、などと考えてしまうのだ。
原田に教えられて腕に自身のある要は徐々に頭角を現し始めた。最初はボスの命令どおり、目立たないように走っていたのだが、どうしてもコーナーへ突っ込むと、心が踊り少しでも速く抜けようとする。これはオスとしての本能だ。要には止められない。必然的に要は峠で目立ち始める。そこら辺の命を削って走るガキとは違う。マージンを考えて走っているのが他人には余裕を持って走っているように見えるのだ。
目立ってくると、ちょっと腕のある奴らが挑んでくるのは、当然だ。もちろん要は最初はかわしていたのだが、どこへ行っても目立ってしまう。そのうちに近辺で要の事を知らない奴はモグリと言われるくらいになる。だんだんと山道のコーナーには要の走りを見に来るギャラリーが目立つようになってきたのだ。要はそんな中を走るのが快感になっていった。自分は誰よりも速い。18歳では有頂天になるのも自然な流れだろう。
要は石橋の言葉をすっかり忘れてしまっていた。