Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー17

4台がほぼ同時にエンジンに火を入れた。
カオ~ン、コッオ~ン コンコンココン
どのバイクも音を聞くと吹き上がりがいい。よく整備さている。どうもプロのバイク屋が絡んでいるようだ。
と、一台のバイクが走りだした。ハルが勢い良く飛び出したのだ。それを残りの3台が追いかける形になった。ハルはダッシュで稼いでコーナーまで逃げ切れば勝てると思ったのだろう。
アキラたち3台はよくつるんで走っているらしく呼吸があっている。第一コーナーへ一番に飛び込んだのやはりハルだった。その後を環、アキラ、要の順で追っている。4台はインとアウトが入り交じって、もつれるようにコーナーを抜けていった。
要は、最後尾からアキラたちの走りを観察していた。環という男はどうやらハングオンは得意だが、立ち上がりが甘い。その前を走るハルはブレーキングが上手く立ち上がりも速い。しかし、リーダーのアキラは要の様子を伺っている感がある。どうもこちらを前に出したいみたいでフルでは走っていないのだ。
5つ目のコーナーを抜ける頃には遂に要は我慢が出来なくなった。見てろよ、とばかり思い切って次のコーナーでアウトからインに切りこんだ。コーナーを抜けたところで環の後をクロスし、イン側から前に出る。アキラはそんな要のコースをトレースするようにあとに続いた。
コーナーでは路面の凹凸を受けてサスペンションがギシギシ音を立てる。ちょっとしたヘコミでもタイヤが横に持っていかれるのだ。その瞬間アクセルをあけようとした環は、横をすり抜けようとする要のバイクを意識した。その後にもう一台、アキラのバイクも続いている。
環の見せた、わずかな隙に二台が横についた。3台がほぼ並んだようになったのだ。
「コ~コッコ~~ン」
谷間にエキゾーストノートが響く。平日の真昼間だというのに、4台の音を聞きつけて早くも下の方ではギャラリーが道端にバイクを寄せて要たち4台が降りてくるのを今か今かと待ち構えていた。8つくらいコーナーを抜けた時には、要とアキラは、完全にハルの前に出ていた。要を先頭にすぐ後ろをアキラ、少し遅れてハル、環が次々とギャラリーの前を走り抜けた。
要はピタっとついて離れないアキラのプレッシャーを背中に感じていた。アキラの音がすぐ後ろに聞こえる。
ヤツのほうが回る、直線は不利だ。
要は登り重視気味にギヤ比を変えていたので下りはきつい。次の上りのコーナーでアキラを引き離さなくてはならない。しかしアキラにはまだ余力があるようだった。どう走ってもアキラの音はぴったりと背中に張り付いてくる。
「引き離せない。」
まだまだ駆け引きの経験が少ない要は焦った。
「くそ、そう言うことか。」
後追いの方が相手の力を十分観察できる。要はそれに初めて気付いたのだ。
どうやら、アキラのほうが勝負の場数を踏んでいるようだ。要は歯軋りした。
「おれの弱点を見抜いているつもりだろうが、勝負がつくまで判らんぞ。」
そんなことを考える間にも、4台は次のコーナーに入っていく。延々と続くコーナー。しかし、それもあと残り少ない。
「このまま逃げ切ってやる。」
と、ハンドルを握る両手に力を込めたその時、突然何かが要の視野を横切った。
「・・・!?」
要がとっさにブレーキをかけたその瞬間アキラがインに並んだ。
「しまった・・・」
要は後悔したが、すでに遅かった。一瞬にしてトップが入れ替わったのだ。アキラがイン側から要を抜いていったのだ。
「コ~オン」
ギャラリーの待つコーナーを高速で回り遠ざかっていく4台のエンジン音がドップラー効果で半音低く聞こえる。
「なんや、今のブレーキングは?」
「なんか前を横切ったぞ。」
「めちゃ速いやん・・・」
ギャラリーは興奮しながら口々に言い合った。そして、
「こんなすごいんは、そうそう見らへんで。」
勝負の行方を見極めるようとそれぞれのバイクに跨り要たちを追いかけだす。
今やアキラのバイクのオイルの匂いを嗅がせられている要は最後のコーナーでイン側に無理に突っ込んだ。しかし、その要を路面のへこみが待っていた。一瞬リア・タイヤがズルっと滑る。必死で体勢を立て直そうとするがアキラはそこを突いて要を一気に引き離し、二人はそのままゴールに達した。
少し遅れてハルと環の2台もドライブインの駐車場に入ってくる。アキラと要はすでにエンジンを切っていて、マフラーがチンチンと音を立てていた。ハルが興奮気味に
「イノシシですか?何か動物が横切りましたね。」
「ああ、そうやな。」
アキラは、ハルを受け流しながら、要のほうを向くと
「どうやら、まだ決着はついてへんな。」
と笑う。
「何にしても、負けは負けだ。」
要も意地になって返す。すると、アキラがヘルメットを脱ぎながら要の肩を叩いた。
「違いはコンマ何秒や ほとんど互角やな。」
と坊主臭いことを言った。
不測のアクシデントとは言え勝負に負けたことは悔しいのだが、それとは逆に要は自分と同じような人間に会えたことが無性に嬉しかった。原田と走るのは、もちろん楽しい。だがそれでも、やはり師弟関係というのが抜けない。要にとって原田はいつまでも、追いつけない逃げ水のような存在なのだ。同年代のアキラたちとの走りは要に今までに経験したことのない興奮を与えるのだった。





Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.