Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー19

アキラたちと別れた要は何とかぎりぎりで開店準備中のラ・パルフェ・タムールにたどり着く事が出来た。自分の部屋に駆け込み慌ててコックコートに着替える。ヘルメットの下の髪はまだしっとり濡れていた。仕方ない。そのままGI帽を頭に乗せた。
厨房に駆け込むと、ボワソニエ(魚料理シェフ)が待っていたぞとばかりに剥きかけの玉葱を投げてよこす。要が、銭湯でのことを思い出しながらニコニコと厨房の隅で玉ねぎを剥いていると、梶が料理長に今日の料理のコースを確認にやってきた。シェフの説明に頷き厨房を出ようとした梶は、すれ違いざまに要の髪が濡れているのに気がついた。要からは風呂上りの匂いがするのだが、それはジムにあるソープの匂いとは違う。
「ほう・・・」
梶は足を止め、怪訝そうに顎に手を当てた。確か今日は外へ行っていたはずだがと、どことなくにやけて、雰囲気が変わった要を上から下へと観察する。やがて、
「ふん、お楽しみだったようだな。」
と、にやりと笑い部屋を出て行った。さすがの梶も濡れた髪の原因が銭湯とは思わない。女とラブホテルへでも行ってきたと勝手に解釈した様子だった。さらには、その後、アミューズ・ブッシュの皿を取りに厨房に来た興津も思い出し笑いににやけている要を見ると、意味ありげにニッと笑うのだった。大人達の誤解を他所に、要は一人、午後の出来事を思い出していたのだ。

ラ・パルフェ・タムールの中の狭い世界しか知らない要にとって、アキラたちの自由闊達さ、開けっ広げで青春を楽しんでいる様はいいようもなく魅力的に映るのだ。要は自分の境遇を決して不幸とは思わない。石橋に引き取られていなければ、祖父の死後、孤児院に送られて惨めな生活を送っていたかもしれない。ここでは、腹をすかせることも、寒さに震える事も無い。要はめったに物をねだらない子供だったが、欲しいと言えば、大抵のものは買い与えられた。厨房で働くようになってからは給与と称して月に10万以上の金を受け取っていたし、偵察の費用やバイクの整備、ガソリン代は別に払われる。
だが、それだけだ。常に4人の男達がしっかり手綱を握っていて、決して要を自由にはさせない。

他の大人たちはともかくとして、原田だけは自分を弟のように可愛がってくれるのは判っていた。要も原田のスピードを求めるストイックな所が大好きだった。盗賊団のことを聞かされて、その善悪も判らぬ頃、要は原田に聞いたことがある。
「どうして、この仕事をしてるの。」
「それは走れるからさ。」
「それだけ?」
「ああ、それだけだ。」
要はそれ以上聞かなかった。原田は、走るために、ここで働いているといった。じゃあ、俺はどうなんだ?
「いつまでもパシリなんだ。」
その思いがどうしても強い。目的もなく、昼間はここで、皿を洗い、夜は犯罪に手を染める。俺に、自由は無いのか?権利は無いのか?それを打ち消すようにバイクを走らせ、そして、アキラ達に出会った。
アキラは俺の目を開いてくれた。こんなにも自分自身のために生きていける生活がある。今しか味わう事の出来ない若さと自由に輝く魅力ある生活だ。それこそ大人たちは、「後先を考えない、短慮の賜物」と一笑するだろう。
「だからどうだというんだ?」
「俺の人生を俺が決めて、何が悪い?」
要の中でそう言う思いがドンドン頭を持ち上げてくるのだった。

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2022/12/19 00:57
要君、自分について考えるようになってきましたね。
これからどうなっていくのかな(´ω`)




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