Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー23

ラ・パルフェ・タムールには常に20人以上のコンパニオンがいた。どの一人をとっても、高級クラブで働けるほど、上品で美しく、頭も切れる。石橋に訓練された彼女達は、客から巧みに情報を引き出す大切な役割を果たしていた。聞き出した情報は、石橋と梶によってふるいに掛けられ、纏められる。それを元に、客を選び、次の指示を女達に出す。コンパニオン達は、彼女達の集める情報がどう使われるのかは知らされていない。職業柄、いつまでも店に席を置くわけではないし、そうなると秘密漏洩の心配があるからだった。
大方が30代半ばで店を辞めていく彼女達だが、その中に、霞という女がいた。霞は既に38歳、何人もの固定客を抱えるラ・パルフェ・タムールではベテランだ。彼女は要が石橋に引き取られた頃から知っている数少ないコンパニオンだった。
バイク事故の事を知ると、彼女は、要の入院先を知る為に厨房まで足を伸ばした。コンパニオンが厨房に顔を出すのは極めて珍しい事だが、興津たちの口が堅く、何も教えてくれないのでは仕方がない。霞は、厨房の日本人シェフを捕まえて病院の名前を聞き出した。
石橋の店で働き始めて、すでに10年以上になる彼女は、すべてのからくりこそ知らされていないものの、石橋たちがあの店を隠れ蓑に、なにやらよからぬ事をしているのには、うすうす感づいていた。生活費から、衣装代、装身具まですべて店が面倒を見る上に、水商売の女にとっては多すぎると言える給料がでる。それよりもっと謎なのは、店の男たちの態度だ。彼らは、石橋を含めて、女たちにそれなりの敬意をもって接してくる。それが、ここに来る前にもホステスの経験のある女たちには特異に映るのだ。
ただ、コンパニオンたちは、疑問を決して口にしない。変な疑問を持って店を探った女たちがたちまちか馘首されたのを知っているからだ。いらぬ好奇心で失うには、惜しすぎるポジションだった。

霞が、要を見舞いたいと思ったのは、日ごろの欲求不満からだったのかもしれない。
霞は、長い髪を後ろで束ね、地味な服装で要の病室を訪れた。ノックと共にドアを開けるとアキラと要が笑いながら話し込んでいる。二人はこの美しい来訪者に少なからず驚いた。
「こんにちは。」
霞が声をかけた。落ち着いた大人のアルトだ。アキラは目を見張って顔を赤らめながら頭を下げた。
要も、まさか店のコンパニオンが見舞いに来るとは思わない。どぎまぎしながら応える。
「こんにちは、か、霞さん?」
アキラはおおっと友の顔を見つめた。
「元気そうね?」
霞はにっこり笑うと、優しい声で尋ねた。
要は10年余り同じ屋根の下で暮らしていたにもかかわらず、今までほとんど霞と話したことがなかった。彼女に限らず、コンパニオンたちと、言葉を交わすことがほとんどないのだ。ただ、彼女の顔はよく知っていたし、時々自分に微笑みかけてくる彼女を意識はしていた。
アキラは、しばらく口をあけたまま、霞と要を見比べていたが、急に気がついたように、
「じ、じゃあ、おっ俺、帰ります。」
どもりながらそう言うとばたばたと帰り支度を始めた。バイクに乗っている時とは打って変わってこういう事には純朴と見える。
「あら、ゆっくりしていって下さればいいのに・・・」
口ではそういいながら、霞はそれを止めるふうでもない。
「いっ、いえ、仕事があるので。ほんなら、要、また来るわ。」
いつになく、トーン高めで答えたアキラは頭を下げながら後ろ向きにドアを開けてあたふたと出ていった。





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